02 the man of her dreams



「――…見事だったぞ、と」


突然かかった声はまたもや真羽を驚かせ、ビクッと肩を揺らしながら振り返って捉えた人物はしかし、…今の真羽の想像圏内をはるかに超える人物だった。


「っ?!」


質素なその風景によく映えるその赤も、反抗期の高校生みたいに乱れた着こなしをされて威厳を失っているそのスーツも、そしてどこか特徴的だった話し方も。まさにゲームで見たまんま聞いたまんまのそれは、…真羽が一番好きな人物であることを示していた。


「れ、レノ…!?」

「…俺を知ってんのか?」

「っ何で…!?え!?本物…!?」

「本物?…この世界に俺様は一人だぞ、と」


得意げにそう言う彼に一つ頭に浮かんだのは、これが仮装されたものであるということ。そう、これは仮装パーティーの一環であって、こんな姿をするなんてコスプレでしかありえないんだと。


「どこ主催の仮装パーティですか?…こんなことするのはやっぱ秋◯原とかそっちすか!?」

「…は?何言ってんだよお前?…頭大丈夫か!?」

「何のイベントですか!?オオカミまで出すとか本格的ですね!!」

「っだから何言ってんだよお前!?さっきのはウルフだ!モンスターだよ!!」

「…も、…モンスタぁーー!?」


嘘だ。嘘だと信じたかった。ここは日本の何処かで、自分が行った事ない場所なだけなんだと思いたかった。だってこんなこと、あるはずがない。こんなミラクル起こるわけがない。


――…


…しかし、自分の目が映すそれらは紛れもない現実。


「……じゃあ、」


ここは本当に、FFZの世界。…それが今、自分に起こっている事実。


「っ嘘や!?!!!」

「っ何なんだお前!?本当に大丈夫か!?」

「だいじょばない!全然だいじょばない!ウソうそ!ヤバイ!これはやばい!!」

「落ち着けよお前!つうか何処から来た!?」

「どっからっ…!?」


何処からって、地球の日本のとある都道府県に住んでます。なんて言うべきか。…いや、言ったって絶対信じてもらえないことは明白だった。言ったところで頭がおかしい奴だとまた思われて終いである。
それにきっと物珍しいと重宝されて神羅に連れていかれて、実験台なんかにされたらどうしようかなんて、そんなことにまで頭が回る自分、既にこの世界が本物であることを受け入れているのかもしれなくて。


「……つうかなんで俺のこと知ってんだ、と」

「…………いや、その」


心の中のパニックを表に出してはいけないと思った。今となってまた何でなんでを繰り返したところで結果は同じで目に見えている。この場を切り抜けるには"偽り"が必要だとこんな時でも瞬時に反応する脳は自分がそこそこ頭のいい証拠、だなんて。


「あの…、有名!有名ですよね!…レノさん!タークスのレノ!!」

「……やっぱ俺、そんなに有名?」


咄嗟に出た真羽のその言葉を疑う事なく、いやー照れるなぁとレノは自身の頭を掻いている。…アホでよかった。真羽は心底そう思った。


「お前、名前は?」

「……シンバです」

「そうか、シンバ。…可愛い名前だな、と」


レノはニヤリと笑ってシンバとの距離をつめようとしたが、本能的にシンバは身を下げた。


「おいおいそんなに警戒すんなって。取って食いやしねえぞ、と」


…いや、しそうなことこの上ない。


「まぁいい。本題だ、シンバ。…お前、タークスになる気ないか?」

「……え?」


何を言っているんだいきなり。これまたお決まりの展開か何か裏があるのかと疑問に思うも、将来の夢はタークスになる事と言いたかったくらいそれくらいシンバはタークスが好きだった。
憧れのタークス。レノがいるタークス。そんなタークスに自分が抜擢されている。…これは夢なのか。あぁ、夢なのか。


「さっきお前ウルフと戦ってただろ?ずっと見てたんだよ」


…全く気づかなかった。周りに人が、しかもこんなに目立つ赤毛がいたなんて。…否、シンバにはそんな余裕なかったのかもしれない。


「って見てたんなら助けろよ!」


しかしその矛盾につっこむ事は忘れない。怖かったんだから!とシンバは手に持っていたモノをレノに投げつけた。


「危ねえなお前は!…最初はすぐに助けようと思ったぜ?なんせこんなに可愛い子が襲われてるんだからよ」


…あ、やっぱりチャラい。シンバは心の中でつっこんだ。


「けど途中からお前人が変わったように戦い始めただろ?…まぁなんで手を出さなかったのかは疑問だが、あまりにも綺麗に回避し続けてるからよ。…普通の奴じゃ出来ないぜ?」

「……」


確かに、それはシンバ自身も感じていた。
それは自分が死んだからだと勝手に納得していたが、それは筋違いな事だと自分が一番よくわかっている。ただ、ただ考えないようにしていただけだ。

そんなに早く今までの状況を把握できるほど器用ではない。まして今まで普通の一般会社員だった自分が、あわやRPGの世界で華麗にモンスターの攻撃をかわせる人物になっているのだから。


「コレ、マテリアじゃねえか」

「…やっぱマテリアなん?それ」

「知らねえのか?…だからさっきの戦いでも使わなかったのか」


ほらよとレノはそのマテリアを投げ返してきて、シンバは受けとったそれを今一度まじまじと見つめた。


「それ、どうしたんだ?」

「わからん…何時の間にか持ってた。なんでやろう?あの時これ……ってか何でウチ、」


そこでシンバは言葉を止めた。うっかり口に出しそうになった「なぜこの世界にいるんだろう」という言葉を。
言ってはいけない気がした。ここでそれを言えば、またひと騒動起こりそうで。…否、本能的に言葉が止まったという方が正しいかもしれない。


「…なんだ?急に黙り込んでよ?」

「……ううん、何も」


シンバは首を横に振った。今はこれを言うべきではないと、その言葉を自身の奥に無理矢理押し込む。


「…で?返事は?」

「、なんの?」

「タークスに入れってさっき言ったじゃねえか」

「…あぁ、――」


憧れていたタークスに入れるなんて、確かに最高に嬉しい事であるのは間違いない。ツォンやルード、イリーナと関わって楽しい日々をこれから送れると思うとわくわくするだろう。
しかし、意外とシンバは冷静だった。タークスは普通のサラリーマンと同じではない。事務的な事ばかりこなして、お昼にランチに出かけて屋上でビーチバレーなどするOL(考え方古くないか)とは訳が違うことなど、わかっている。


「…無理、」

「あ?」

「…無理やろ」


タークスの仕事にはスカウトや事務的なものもあれば、警備をしたり事件を追ったり、より過激になればスパイ・暗殺などの幅広い面まで及んでいるのは知っている。画面越しにモンスターやソルジャーをぶった切っていても、暴言を吐きながらでもダメージを与えていたとしても、自分の手で―武器でモンスターや人を殺めることなんて出来るわけがない。だからさっきもウルフを傷つけることなんてしなかった。…否、出来なかったのである。


「ウチ何も出来へんよ!武器とか持ったことないし人なんか殺した事ないし!…ってか普通人とか殺したらアカンもんやし!ウチ基本的に喧嘩嫌いな平和主義やし!!」


ア◯ルーに例えるなら採取ばっかりしてるタイプ!と言おうとしてシンバはやめた。言ったって通じない。余計な事は心の中で言うのがBESTである。


「…まぁ、タークスには憧れてたんですけどね、」


しかしそれとこれとは別だ。好きだけではやっていけない。ましてや何かを殺めるなんて、そんな簡単に享受出来そうにない。


「…ちょっと待ってろ」


レノはそう言いポケットから何かを取り出した。おそらくそれは、この世界で『PHS』と呼ばれているモノ。聞いた事あるような機械音は、昔の携帯そのままのようだった。


「…あ、レノです。実は――」


シンバは電話しているレノの行動をただじっと見ていた。
…憧れていた人物が動いている。目の前で。今自分の目の前で動くそれは、正真正銘タークスのレノ。信じられない気持ちはまだ顕在している。それでも、目の前のそれを偽りだと思うには理由が見当たりそうにない。


「…?」


そうしてボーッとしていると、レノがシンバの目の前にその『PHS』を差し出した。


「主任だ」


そう言われて頭にすぐ思い浮かぶ人物。レノが主任と呼ぶ人物は、この世界で一人しかいない。――ツォンだ。いきなりツォンと会話だなんて心の準備が整ってないが大丈夫か自分などと思いながらも、シンバはしぶしぶ『PHS』を受け取りドキドキしながら受話器に耳を当てた。何を聞かれるのだろう。何を話そう。この短期間で大概の事を妄想していた。…のだが。


「…もしも――」

「話は聞いている。君の能力を是非とも見せてもらいたい。一度神羅に来てくれ」


話はそれからだ。それだけ言って電話はあっけなくきられてしまった。…なんて強引。ツォンって実はSなのだろうか。
しかしいろいろ妄想していたのにもかかわらず一言も話さずに切られてしまった電話に少々イラっとしたシンバは、レノにその元凶を投げ返した。


「…話す前に切られたんですけど」

「はは、今忙しいんじゃねえの?」


じゃあ何で電話したんだと言おうとしたが、それよりも先に出るのは溜息。この男、見た目通り予想通りの適当な奴らしい。


「で?どうする?」

「…。わかった、行く」


行けばいいんだろ行けば。シンバは少し自暴自棄になっていた。
それに例えばそれを断ったとして、それから自分一人で道を見つけるのがきっと面倒だったのだと思う。差し伸べられた手を振りほどくのは良くないと、ある意味言い訳のようなものだったのかもしれない。


「そーこなくちゃな!」


座り込んだままの自分に差し出されたレノの手。シンバは咄嗟にそれを掴み、引っ張られる形で起き上がった。ゲームの中の人に触れてしまったドキドキは、きっといろんな感情が混じったものだったに違いないのだろうが。


「…なんか、変な感じ」

「何がだ?」

「へ!? いや、何も…」


誤魔化すように笑いながら、シンバはようやくその場から足を動かした。
これから踏みしめる大地が自分の世界のものとは違う事をひしひしと感じながら、しかし自分はこの世界で生きていくらしいとどこか他人行儀であるのはやはり、まだ夢見心地が覚めていないせいだろうか。自分が何故この世界にいるのか、わかっていないからだろうか。

何故、何故、何故。自分がこの世界に来た意味が何かあるのだろうかと、わかりもしない愚問を投げかけては曖昧な答えを自分に求める。
いっそ彼に聞いてみたら解決するのではなんて、全てを無に返すような試みは決して実行はしないけれど。…そうして自分を偽り続けることが果たしていつまで可能かなんてわからない。それを思えば自然と鼓動は早まっていて、そしてそれは声となって出ていってしまった。


「っあーー!やばい!緊張してきた!」

「っ何だよいきなり!?」

「いや、こっちの話。…何かよおわからんけど、とりあえず頑張ろうかなーって」

「…お前やっぱり頭大丈夫か?」

「貴方に言われたくない」

「お前…口は達者だな」

「うん、よく言われます」

「だろうな。そんな感じプンプンするぜ…。男慣れしてるって感じもな」

「…変な言い方しないでください。そういうレノさんはさぞかし女慣れしてるんでしょうけど」

「…否定はしないぞ、と」

「しろよ!!ほーらやっぱ、」


シンバはそこでまた言葉を止めた。やっぱりチャラいなんて言ってしまえば、どうして知ってるだのやっぱりってどういう事だのといろいろややこしい事に繋がりかねないから。
偽るということは、これからはこの世界の事を知らないふりをしなければならないということも含まれる。簡単そうだが意外と難しい。記憶喪失の役をやれと言われて簡単に出来ないのと同じである。


「…っおいシンバ!!」

「っ、はいぃ!?」

「いきなり会話を終わらせるな!まったく急に黙りこみやがって…病気か!」

「っそんな病気あるか!!考え事や――!!」


そんなたわいもない会話を繰り返しながら、二人は神羅ビルへと歩みを進めた。

シンバは異世界感を醸し出さないようにと、なるべくレノに話を振ろうと必死に質問攻めにして、こっちの世界で知ってる事もワザと聞くようにした。
レノとの会話は普通に楽しかった。自然と打ち解けていったシンバは、いつしか自分がゲームの世界の中にいることなどあまり気にしなくなっていた。画面で見る景観と実際自分が見る景観は多少―いやかなり違うもの。画面では全体が見渡せるが、自分の目には目の前に広がる範囲の景色だけしか映らない。非現実感などまったく感じられなかった。



そうしていつしか街中に入り、人の気配もするようになっていた。

そこは、八番街といわれる場所。LOVELESSの看板が一段と際立っていて、本当にゲームであったままの風景がそこには広がっていた。それを見れば自然と蘇るゲームの感覚。そしてそこに自分が入っているという事実。恐怖などはもうなく出て来るのは好奇心ばかりで、アナログ画像ではウヤムヤだった画面が今目の前にハッキリと映しだされているのがこれまた信じられない。ここはこうだったんだとか、LOVELESSの女優はこんな顔してたんだとか。…通りゆく人だって、普通の人間だ。


「何か楽しそうだな、シンバ」


キョロキョロと辺りを見回し歩くシンバを見て、レノは自然と笑みを零す。


「ははーん…お前、田舎者だな?」

「っ違う!!ただ…」

「何だよ?…あ!俺といるからか!!」

「っ何でそうなる!?どんだけポジティブ!!」


お前面白いな、なんて言いながらシンバの頭をぐちゃぐちゃと掻き撫でるレノ。確実にからかわれているが、そんなことされるとまたもや心がドキドキとうるさくなっていく。…彼が好きな"キャラクター"であることには変わりがないからだ。


「…そりゃどーも」

「お?照れてんのか?」

「っ照れてへんわ!あっち行けこの変態!!」

「変態呼ばわりすんな!俺は健全だぞ、と」

「どこがやねん!どの口がそんな事言うのかしら!」


そうしてレノとショートコントを繰り返しているうちに、大きな建物が目の前に現れた。…否、今までの視界にも嫌というほどど映り込んで来たそれの全貌が明らかになったと言った方が正しいだろう。

――神羅ビル。神羅カンパニー本社でありこの世界の中枢でもあるその場所は、それらしく堂々とした居れ立ちでまさに圧巻だった。


「すげーだろ?これが神羅カンパニーだ」

「うん、実際見るとこんなすごいんやね。高◯屋もビックリやな」

「…タカ◯マヤ?」

「え?っあ、あぁこっちの話!!」


思わず口にしてしまった日本有数のデパートメントの名前。それくらいすごいって事を表したかったのに、こっちの世界の人に通じるわけもなかった。…なんだか寂しい。シンバはカルチャーショックを感じた。


「…っし、」


そして一つ、ため息をつき気を引き締め直す。
…これから始まる、第二の自分の物語の幕開けを感じて。



さようなら、今までの私。



こんにちは、新しい自分――



back