03 the Turks



「――君がシンバか」


…本当に大仏様だ。シンバの視線をとりこにするは目の前にいる人物の目―ではなく、その上の丁度真ん中あたりにある大きな黒子。
その横にいる大柄な男は言葉を発する事なく自身の前に腕を組み立っていて、その居れ立ちはまさに極道。初対面なら面と向かうのを出来れば避けたいところだろう。

ツォンとルード。どちらもシンバにはよく知った顔であってどちらかといえば有名人の類に入るが、それを見つけたからといってキャーキャー言いながら駆け寄るような事はしてはいけない。…否、出来ない。ここでの有名人は普通の有名人とは訳が違う。シンバは知っている感を醸し出さないようにするのに必死になっていた。


「見た目からは想像出来ないが…かなりの腕の持ち主のようだな」

「…飛躍しすぎてへん?」


一体どこの情報だとレノを睨みつける。当の本人は知らん振りするように顔を背けていく。…あ、逃げやがった。あんにゃろ後で覚えとけよ、とシンバは一つ溜息を吐いてツォンに向き直った。


「ウチは全っっっく戦闘経験ないし、これからつけようとも思てません。……そりゃタークスには憧れてたけど…ハッキリ言って無理です!」

「誰だって最初はそう言う。…私がそうだったからな」

「?!」

「要は経験だ。誰だって最初は怖いものさ」


何でも慣れてしまえばどうってことない。人は各々従順に対応する術を持っているのだとツォンは言うが、…それとこれとは別問題だと思う自分は果たしてズレているのだろうか。


「…私たちは今人手不足なんだ。昔タークスでもいろいろあってな…。それに今、厄介な奴らが現れ始めた」

「厄介な奴ら…?」

「アバランチ…反神羅組織が近頃活動を始めたようだ」

「…、アバランチ――」

「知っているのか?」

「っえ?!いや、…さっきレノさんから聞いて」

「そうか。だったら話は早い。我々は奴らと戦わねばならないのだ」


すでにアバランチは動いている。…となると今は丁度オープニングのあたりだろうかと、ツォンの話も聞かずに働く脳はすでにRPGの中。
なんだかんだ好きだったタークスに入れるのは嬉しいが、現実問題どうにも自分はタークスに不向きな性格だと思う。それにタークスに入るよりももっと大きな野望が既にシンバの中に芽生えていた…のだが。


「――…聞いているのか」

「へ!? ――はい、ごめんなさい」


シンバの妄想はツォンの声によってかき消されてしまい、


「心配するな。最初はデスクワークに専念してもらう。ここのトレーニングは豊富だ。経験を積んで戦闘能力は身につけろ」


結局こっちの言い分は完全に無視。シンバはガックリ肩を落とした。


「大丈夫だぞシンバ!俺が手取り足取り教えてやるからよ!」

「…アンタが言うとなんか全部卑猥に聞こえるわ…」


こうしてシンバは、強引にタークスの一員となってしまったのであった。



*



「――これがタークスの制服…」


何か仕込まれていないかとまるで確認するように制服を見ながら、着替える。更衣室に連れてこられ静かな空間に一人となったシンバは今までの経緯を含めようやく頭の中を整理する機会を得たが、けれどもここにいる理由―この世界に来た理由は考えないでおく事にした。…考えたっていつまでもループして終わりが見えないことなど、最初から分かっていたことだから。
とにかくここで生きる術を身につけなければ、何も始まらないのは事実。モンスターもいるこの世界で一人ぼっちは心細く、誰もこの世界には自分の事を知る人間がいない。この世界に自分は存在していなかったのだからそれは当たり前なのだけれども。


「…、」


自分が知らない間に知らない土地に連れてこられたような、そんな感覚に似ているのだろうか。しかし自分はこの世界をよく知っている。怖いくらいに全てを把握してしまっている。それが吉とでるか凶と出るかはわからないけれど、この世界で自分は柊真羽としてはいられないだろう。今この瞬間から"シンバ"というキャラクターになったんだと、言い聞かせる事しか出来なかった。


「――シンバー。終わったかー」


暫らくして、ノックも無しに扉が開いた。と同時、シンバは咄嗟にその場にあった靴を入ってくるであろう変態に向かって投げつけた。


「ぐはっ!」


やはり入ってきたのはあの目立つ赤毛の男。レノの顎にクリーンヒットした靴はその場に落ち、それに当たった本人は涙目になって顎を抑えている。


「この変態!普通ノックしてから入るだろーが!!」

「ってー…なんだよ、着替え終わってるならいいじゃねえか。…そんな怒ることないぞ、と」


もう少し早く来るべきだった。と呟くレノを無視してシンバは先ほど投げた靴を自分で拾いに行く。どんな変態だ、まったくこの男は抜け目がない。


「お前は乱暴者だな。入って来たのがツォンさんだったらどうするんだよ?」

「ツォンさんは絶対ノックする。絶っっ対する!」


確かに。と笑うレノを尻目に靴を拾い上げ、それを足にはめ込んだ。


「…ほぉー。サマになってんじゃん」

「ほんま?…似合う?」

「シンバはスタイルがいいから何でも似合うぞ、と。…さっきの服もよかったけどな」


レノが言っているのはシンバがここに来るまでに着ていた、セーターとカッターシャツにパンツという組み合わせ。ガッチリとしたスーツではなくラフで清楚な服装だった。


「この服ともおさらばか…」


名残り惜しむように見つめてから、シンバはそれをロッカーの中に押し込んだ。…まるで今までの自分と決別するかのように。


「?」


その途中で、ふとセーターのポケットの膨らみに目がいった。自然と手を延ばし、それをポケットから取り出す。


「…――」


…変わらずそれは、赤い輝きを見せつけてくれた。


――マテリア


…あの日、あの時。これを拾わなかったら。

このマテリアが、全てを引き起こした――?


「――…、」


シンバはそれを自身のポケットへとしまいこんだ。…これを手放してはいけない。確信的に、そう思った。

…これがあの時、あの時代に。
自分が生きていた、証――



「――…どうした?」

「!…なーんも」


急に黙り込んだ自分を不思議に思ったのだろう。レノの声にハッとして、バタン、とそれまでの思考をシャットダウンするかのように、シンバはロッカーの扉を閉めた。


「…で?ウチはこれから何するん?」

「まずはお手並み拝見だとよ」

「?」

「まあ…ついて来いよ、と――」



 *



レノに連れられやって来たのはとある階にあるソルジャーフロア。そこにあるトレーニングルームと書かれた場所にシンバは通された。
その中にはまたガラス張りで区切られた部屋が一つ中央に備えられていた。ここもシンバはよく知っている場所ではある。別タイトルだが、ザックスがゲーム内でよくここに来ていた(正確には自分が動かしていたのだが)事を思い出す。そこには既に、ツォンとルードの姿。


「…似合っているじゃないかシンバ」

「そりゃどうも。…で?何するんですか?」

「私に実力を見せてくれと最初に頼んだであろう?」

「実力って、ウチそんな――」

「とにかく中に入れ」

「説明なし!?ちょー怖いんですけど!!」

「心配するな。いきなり強いモンスターは出さない」


当たり前だ。自分はいたって普通な女の子である。シンバは不貞腐れながらもガラスで囲まれた部屋に入って行った。そこには何一つモノは置いておらず、床には何のためか分からない円や線が引かれているだけ。まるで体育館みたいだ。


「これをつけろ」


そうして渡されたバンドのようなもの。それも見たことがある気がした。ザックスがトレーニングの時に身に付けていたような、ないような。


「これでバーチャルの世界に行って戦えってことか…。つうかウチにとったらこの世界が既にバーチャルだっつの…」

「そいつは身に付けた人のレベルに合わせトレーニングの内容を変えてくれる代物だ。『BTM』という。自分で設定を変えられるが、今お前がどれほどの敵を相手にできるのか把握しておきたい。…まぁレベルに合ったモンスターが用意されるのだから死ぬ事はないだろう」


淡々と語ってくれるツォン。これでもかというくらい不服な顔を向ける。


「…だからウチ戦闘したことないっつの!」

「誰だって最初はそうだ、と言っただろう。武器はそちらで用意される。自分にあったものを見つけるんだな。とにかくやってみろ!下手なり自分なりで構わん」


…無茶難題だ。この男は正真正銘のどSだ。シンバはみんなに訂正してやろうと心に誓った。


「制限時間は20分だ。途中でリタイアは不可能。時間が経ったら自動的に戻される。…では、幸運を」


頑張れよー。とレノが茶化しているのが聞こえる。


「…くそ、死んだら化けて出てやるからな」


毒を吐きながらも、シンバはしぶしぶバンドを身に付けた。



ブオン__


バンドをはめた途端、景色が一瞬にして草原に変わった。まるで自分がその場にいるような感覚に陥っていく。
日本も結構最先端を行っていたと思うが、こんな装置はきっとない。すごい、本当にすごい。もしや神羅が一番最先端なのではないかと思いつつ、シンバは辺りを見回した。そこはいたって普通の草原で、所々に大きな岩や木々が見える。そして佇む小さな一つの小屋を遠くに発見。


「お、武器あるやん」


その小屋には武器が置いてあった。いろいろある武器を取っては置き、取っては置きを繰り返す。


「んー使いたいのは弓かな!何かかっこいいよな弓って!ランスもええなぁ。けどランスはシドと被るからなあ。かといって銃なんかありきたりやしなぁ…」


ブツブツ言いながら武器を選ぶ。傍から見れば余裕ぶっこいて楽しんでいるようにしか見えないだろう。


「――……アイツは独り言が多いな」


別室にいたツォン、ルード、レノの三人はシンバの様子をモニターでしっかりと観察していた。別室のモニターは全部で9つあり、様々な角度からトレーニング中の人物の状況を把握できるようになっている。


「面白いだろ?アイツ」


あんなに怖がっていたのに余裕ではないかとツォンが呆れたような溜息をついた、その時。


「っ?」


一瞬、一つのモニター画面が暗くなった。全員がそれに気づいてそのモニターを注視するも、写っているのは草原の緑だけ。一瞬電源が落ち――いや、そんな筈はない。だとしたら。


「…今何か通らなかったか?」

「っツォンさん!あれ…――!」



 *



「――んー迷うなぁ、」


…あれから、数分。シンバは武器を眺めているだけでは満足せず、小屋から出て打つ真似事や切る真似事を繰り返していた。
というより、肝心のモンスターがいつまでたっても出てこない。…あぁ、あれか。RPG的に歩き回らないと出てこないってやつか。いよいよ本格的になってきたなと呑気に考えながら、シンバは弓を手に取ってモンスターを狙うふりして矢を飛ばしてみた。


カンッ――!


「!!」


飛んでいった矢は何かに当たったような音を立て、茂みの中に消えていった。


「…ウチッて狙うセンスありありやなあ!!」


まるで自分が狙って打ったかのような口ぶり。一体何を当てたのだろうとスキップしながらそれに近づいていくと、


「…卵?」


モン◯ンでいうならば草食竜の卵のような、巨大な卵がそこにはあった。葉で周りを囲まれておりまさに鳥の巣という感じなのだが、矢が当たってもヒビさえ入っていないその卵は相当硬そうに見える。
その場にしゃがみこんで誰か入ってますかと言わんばかりに卵をノックしてみた。しかし、コツコツつと音をたてる卵は当たり前だがシンバのノックに何も反応を示さない。


「誰の卵かな? …チョコボかなー??」


都合の良い方にしか考えられない脳が思い浮かべるのは可愛らしい生き物ばかり。期待心を高鳴らせ、シンバは周りにそれらがいないかキョロキョロと辺りを見回した。


…その背後にいる、巨大な敵に気づきもせずに。



back