「――ライ様…お怪我の具合は…!?」

「アバラに皹が入っただけだ」

「本当に申し訳ありません…どうかご容赦を、」

「構わねェ。だが治療費は請求させてもらうからな」


部屋に入ってきて早々、自分に気付いたイメルダが血相変えて話しかけてきているのにそれに答えるのは我が船長。自分に回答する隙を与えないのは単に己の容態を労っていてくれているからか、はたまた余計な事を話さないようにさせているのかは分からないが、悠長に話す船長はこんな時でもちゃっかりしていると思う。本当に、船長らしい。


「…さて、主役は揃った。話の続きだ」


船長を呼びにいったペンギンはすぐにオペ室に戻ってきたが、呼びにいった当の相手はそこにおらず現れたのはベポだった。無事でよかったといつものようにオロオロ気味な彼に痛むアバラを抑えて笑顔を向け、そしてすぐに彼の背に乗り船長室―自分の部屋へと帰ってきたのが数分前。ベッドに下ろされ、枕やクッションを背の裏に敷き詰め病院のベッドの背もたれのようにして、もたれかかる。入院等の経験は皆無、こういった手厚い看護を受けたことがなくて、少し気恥ずかしかった。

そうしてペンギンが「呼んでくる」とだけ言ってベポと共に部屋を出て行き、船長と二人きりになった。会話らしい会話は特にしていない。いつもと同じ、そう、いつも通りなのに、どうしてか気まずい空気が己を纏って離れなくて。
聞きたいことがたくさんあった。でも、きっとこの後―父が来て全てを話してくれるのだろうと思ったら、それは船長からではなく父から聞くのが正しいのかと思ったら聞けなくて、纏わり着く空気に身を委ねるしかなかった。


「クルーには、俺が折を見て話す。それでいいだろう」


そうして、また数分後。我が父が部下二人を連れて船長室へとやってきて、今に至る。


「…あぁ。だが、公言する内容は絞らせてもらう」


後ろに立っているイメルダ、ルアンを振り返り父が「下がれ」と命を出す。二人は船長、そして自分に会釈をして、部屋から静かに出て行った。


「…親子水いらずだな」

「……変に感慨ぶるんじゃねェ。話次第ではその縁を切られる可能性だってあるんだぜ?」

「……そうだな」


「ライ、黙っていてすまなかった」そう言って父が目を伏せる。謝罪が欲しいわけではない。なのに、己の口から言葉は何も出てこなかった。

親子水いらず。変な感覚だ。自分と父親にとっての久々の再会という意味と、目の前にいる―今まで父親として慕ってきた男と、船長として慕ってきた男が本当の親子であるという事実から推測される二人の久々の再会という意味と。
随分前、船長と父親の話をしたことがある。あの時船長は「この世にもういない」と言い、父親の話を遠ざけていた。…もし、あの時もっと掘り下げていたら何か分かったことがあったのではと、低すぎて奇跡にもなり得ない可能性を後悔しても何も変わらないのだけれど。

気を失う前、父親が「全てを話す」と言ったこと、ハッキリと覚えている。それが今からこの場で語られることに、船長が語りたくなかった―思い出したくなかった過去を掘り返し、自分という人となりについて知ると持ったら、やけに動悸がした。鼓動が早くなって、やたらとアバラが疼く。
そっとそこに手を持っていけば、気付いたのか船長が己へ視線を寄越した。


「体調が悪くなったらすぐに言え。我慢する必要はない」

「…はい」


コルセットの硬さを感じながら、摩るように、労わるように、手を動かす。
自分は父の話に耐える覚悟があるのだろうかと、逸る心を落ち着かせるようにライは一つ大きな呼吸をした。


*


「――まずは、全ての根本―この世界とニホンとの関係について話そう」


それは、何百年と前―遠い昔の話。かつてこの世界のある国(以後、かの国と称す)で暮らす者達の祖先とニホンの祖先の一部は、元々一つの"とある島国"で暮らしていた。
かの国にとってその"とある島国"は空島の一種であり、地球からみたそれは惑星の一種と考えると分かりやすい。
争いごとの一切無い穏やかな誰も踏み込んだことの無い―とても神聖な島国と謳われ、民は日々とても平和に暮らしていた。

だが、文明の発展とともに、その島国へ足を踏み入れる異国の者が現れた。


「"ノックアップストリーム"。最初の島への到達者は自然災害によって不本意に運ばれた者だと云われている」


通称、突き上げる海流。あの漫画の中に出てきた言葉で、ライも良く知っている。空島"ジャヤ"へ行く為に麦わら達が利用した方法だ。

ボロボロになった船、息絶えた者や瀕死の者もいる異様な光景。島国の人々は初めて見る異国の者や物を不審がり、警戒した。だが、当時の心優しき国王は、彼等を快く受け入れいれることに決めた。
元々鎖国を謳っていたわけではなかったため、異国の者との交流に興味を示したのだ。彼等の乗ってきた船に積んであった物資や格好を見、物珍しいと思ったのだろう。下界の話をも聞き、彼等がそう悪くない者達だと感じた国王は、是非ともこの国に下界の物資を広めたいと、貿易の提案をした。

「だが、毎回毎回そんな危険を冒して下界の者は航海出来ない。…そこで、国は新たなルートを設けた。…この世界からその島国へ行く方法は今やそれしかない」

「…"ハイウエストの頂"を経由する方法か?」

「――"ワノ国"。聞いた事くらいあるだろう」

「…!」


"ワノ国"。この世界で唯一の鎖国国家と云われている国。その為、その素性はあまり世間に公表されておらず、どのような国なのかローですらあまり把握していない。
ライもいまいちピンと来なかったが、"ワノ国"がもし"和の国"と称されるのならば元々繋がりがあったと言われても頷ける。"和"というのはニホンを意味する文化的概念だからだ。


「…その島国に渡るルートは二つ設けられた。ワノ国経由で行く方法と、ニホンのとある島から行く方法だ。…その頃はまだワノ国は存在しておらず、唯の大陸だった。いうなれば、貿易を秘密裏に行う為に先祖は無人島からのルートを選んだのだろう。…それが島国へ渡る為の"第一プロセス"となる」

「……ワノ国、か。…あそこは海軍ですら介入してない国と聞く。…となると、その"とある島国"の存在も海軍は把握してない可能性が高いってことか」

「…いや、国の名くらいは知っている者がいても不思議ではない。…今やこの世界でそれは、伝説として語り継がれているようだ」


とある島国。伝説。空島。――まさか


「その島国の名は、――"カナロア"だ」



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