「ふーーん、ミステリーだね」


幾度と無く、興味を抱いたこの世界の七不思議。ずっと、ずっと頭の片隅で気になっていたもの。


「そうして貿易が本格的に始まり、カナロアの民は異国の者と交流を開始した」


だが、数年後、島で戦争が起こり、国は滅んでしまった。いつしか島も荒廃し、歴史は語り継がれることなく人々の記憶から消えていった。


「…そうしてカナロアという島は伝説になった」

「……まァ、この世界ではよくある話だな」

「あぁ。豊かな領土や利用価値のある資源は争いの火種になり易い」

「……鎖国国家とカナロアとニホンが繋がってんなら、容易に行き来が可能ってことか」

「容易に、とは言えない。それは個々の意志で成立するものではないのだ」

「…どういう意味だ?」


ライは話を聞きながら、酒場で見てきた絵を思い出していた。どの酒場でも似たようなフォルムで、その絵中に3つ描かれていたものがある。
空島を模ったような宙に浮く塊と、そのてっぺんには人間を模ったおそらく神様のようなモノ、そしてその周りを飛ぶように描かれている一匹の竜を模ったような羽の生えた獣。


「……"ヤム"」

「…!」

「…あの竜みたいなやつは、なに?」


伝説となって語り継がれてきたミステリーが紐解かれ、その絵のものが実在している。そうなれば、その周りに描かれているそれらも、きっと存在する。
今まで声を発さなかった自分の発言に、父はたいそう驚いた顔を向けてきた。


「…まさか、ライがそれを知っているとは…」

「小さな村には言い伝えとして残っているところも多い。酒場には絵画がかけられていたりしたな。どうやらミステリーが好きらしい」

「…そうか。そう言えば小さい頃にはピカソの絵にも興味を抱いとったな」

「え?そうなん?」


「指をさして大声で失礼なことを言うもんやからあの時は困った」と、自分の記憶に無い話をする父。そんなお転婆な一面ここで暴露しなくてもよいではないかと反論しようとしたが、「そんな事今はどうでもいい」と冷静に船長がツッコんでくれた。
「あぁ、すまない」そう言って一つ咳払いをし、父は話を続ける。


「地上からカナロアへのルートを設けたのが、その竜―ヤムだ。渡るにはヤムの力が必要らしい。それが"第二プロセス"だ。…ルートはあってもヤムがいなければ島にも渡れないということだ」

「……」

「ライ、お前今ヤムの背に乗って島へ向かうことを想像したんとちゃうか」

「…(図星)…」

「……だが、カナロアという島は伝説になり、誰も行き来していない。…となると、その竜はもうお陀仏ってことか」


カナロアは実在するが、そのルートがこの数百年絶たれているということは、イコールそういう事だろう。
ノックアップストリームも大概だが、伝説の生き物の背に乗って島へ渡るなんて(父は一言もそんなこと言っていない)動物好き(竜を動物と言っていいものかは紙一重)としては夢のような話。それを思えば少し悲しくなり、残念がっている自分がいたが、


「…いや、実在している」

「「!」」


父の言葉に、急にドクリドクリと上がっていく鼓動。好奇心か、興味心か、

はたまた己の中に眠る、


「いや…私は見たことがないから実在という言葉には語弊がある。封印していると言った方が正しい」

「……封印、ねェ」


ドクリ、ドクリ。封印している。ヤムを。ニホンとカナロアとワノ国を繋ぐ、"伝説の生き物"を。
無意識に、手が動く。それはずっと己の胸の前で、鼓動・呼吸の動きに合わせて動いていた。


「…その封印を解くカギが、ライの持っている指輪だ」

「「…!!」」


小さな、小さなピンクゴールドの指輪。号数は3号、きっと男性の指には嵌らない、本当に小さなリング。…それが、封印のカギ。
ライは首にかかっているシルバーのチェーンを持ち上げ、それを父と船長の前へと掲げる。持ち上げた反動でユラユラと揺れ、光の反射でキラキラと艶めかしく輝いて見せた。


「…どういう、ことだ」

「……そのままの意味だ。この指輪は、ある宝箱を開くカギになっている」


船長が、そこで考えるように口を閉じた。…きっと、考えついた事は同じ。この秘密に辿り着くまでに己等が知った事実の中、この航海の途中。船の指針を変えてしまうほどの、衝撃。


「……その中にヤムがぐーすか眠ってんのか?」

「いや、いない。入っているのは"竜のウロコ"だ」

「…竜の、ウロコ?」

「そのウロコが、ヤムを呼び覚ますカギとなると聞いている」

「……とんだ御伽噺だな」


船長はカイドウの名を出さなかった。

カイドウが指輪を追っている。今の父の話からしてイコールそれは、カイドウがその宝箱を所持していてカギとなる指輪を探しているか、もしくはこの話を知っていてまず指輪を手に入れようとしているかのどちらか、はたまた全てを知った上で宝箱は既に手に入れ、後はカギを見つけるだけの段階なのかもしれない。

宝箱の、カギ。その箱がどんな形状なのかも知らないが、鍵というと大体皆同じ形を頭の中に想像するだろう。ただ、カギと聞いて思い浮かべるいくつかの思考の中に、数点浮上する事項。鍵ならば、合鍵が作れる。錠前ならば壊せないこともないだろうし、鍵穴ならばピッキングも可能かと思われる。四皇のカイドウがそういった類の事を思いつかないとは考えにくい。ともすれば、そういった開錠の仕方は既に実施済み、もしくはやはり宝箱の存在は知らないという方が濃厚か。


「カナロアの民はとある理由でヤムを封印することを決意し、箱の中に"竜のウロコ"を仕舞い、二度と開けられないように特殊な鍵を作った。…誰も想像し得ない形としてな」

「…確かに、鍵穴を見ねェ限りそれが鍵だとは思いつかねェだろうな」

「いや、もっと言えば普通の錠前も付いている。フェイクだ。鍵穴は一つしかないと見せかけ…開かずの宝箱として処理されるよう工夫が施された。…加えてその指輪は、カナロアでしか手に入らない物質、技巧で極秘に作られたものとされている。この世界にもニホンにおいてもそれを再現できる物質はハッキリ言って無い。合鍵の作製も不可能だ」


そう言われれば指輪を確かめないわけにはいかない。ライは手にとってそれを目に入りそうなくらい間近で凝視してみたが、…やはり普通の、普通のアクセサリーと同じ金属にしか見えなかった。


「…根本的に鍵を作らなければよかった話じゃねェのか?」

「あぁ、そうだな。…だが、それにはまた別の話が関わっている」


そうして、父は一呼吸置いた。


「……」


淡々と話されて来たこの世界とニホン、そして指輪の真実。何百年と昔の事実。…そう、誰も知らない、誰の記憶にもない、歴史の話。――のはずなのに。


「…………どうして、」


ドクリ、ドクリ。先ほど上がった鼓動がまた、己に何かを訴えるように鳴り響く。
納得できたこと、できないこと。分かったこと、分からないこと。まだまだたくさんある。それでも、物知りなんだな、と関心するだけでよかった。父にも知らない事あるんだな、で終わらせられればよかった。


「…お父さんはその歴史を、知っているの」


全ての疑問は今、ここに集約される。



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