「私には、二つ下に妹がいた」


名を、ラムという。アサトの兄妹は妹一人だけだった。
ラムは少し身体が弱く、アサトはそんな妹を気遣う優しい兄として慕われていた。共に遊び共に学び、幼少期を過ごしてきた。

カイザー一族に生を持っても、カナロアとヤムの話は一切されない。されるのは、カイザー一族が気高き一族で王の護衛を務められる存在であるということ。その中でも特別に仕えることの出来る者(以下、特別仕様人と称す。別の呼称を使用し、また統制者等の言葉は使用されず、女性1人とあと何人かの男子が成れるとだけ云われていた)に選ばれることが、何より光栄な事なのだと。その為、一族の中の規律は国が定めるものよりも幾分厳しかった。男児は王の護衛を務める為の訓練を欠かされなかった。


「私は一族の中でも異端児の部類でな。…王の護衛や一族の血筋、そういったものにまるで興味がなかった」


あるのは、外の世界への好奇心。海外へ出る事は昔から変わらず禁止されたままだが、アサトは"狭い"島国で人生を終わらせたくなかった。いつか必ず外の世界を旅して回るという夢を持っていた。
訓練もサボりがちになり、部屋にこもりきり気味だった妹を連れてよく海岸沿いを散歩した。妹もアサトの影響か、外の世界を見たいというようになった。


「…だが、両親がそれを許さなかった」


特別仕様人の世代交代の話が出た際、選ばれる女性の1人は妹のラムと既に決まっていた。…父の前―祖父、いや曽祖父の代から、女児が産まれる確率が低くなっていた為、若い女性はラムしかいなかったのだ。だから一族はかなりナーバスになっていたのだろう。海外を仄めかすアサトと正当な継承者に成るラム、正反対の道を歩む二人をこれ以上近づけてはならないと、家族にも関わらず会う時間に制限が課せられた。

アサトはその時から、異常な迄の王への忠誠心に疑義を抱いた。加えてラムは身体が弱い。にもかかわらず特別仕様人に選ぶなんて彼女の命を削らせるようなものではないかと、憤りを見せた。だが、父も母も祖父も誰も、アサトの話をまるで聞いてはくれなかった。これがラムの運命なんだって、一族として誇り高きこと、これ以上の幸せはないんだって言いくるめられた。
…狂ってる。家族なのに、家族じゃない。それらは妹をただのコマとしか考えてない。アサトは妹を連れて国を出ることを決意した。

たった10歳の時だった。


「…しかし、子供の考える事など親はお見通しだった。…私たちはすぐに捕まってしまった」


アサトとラムは呆気なく引き離され、アサトも他の者と同じ処刑を受け、異世界へと飛ばされてしまった。
何が起こったのか分からなかった。処刑台の上で外の世界を見ないまま終わる人生を悔やんでいる間に、気付いたら目の前に緑の木々が広がっている光景があったのだから。アサトはすぐに起き上がり、島内を歩き回って自分がいる場所の手がかりを探そうと必死になった。
そうして、村を発見する。過去にアサトと同じように飛ばされた者達が築き上げた村だった。


「彼等は私がカイザー一族と知っても、遺憾を示しはしなかった。私が同じように処刑を受けたからだろう。快く私を迎え入れてくれた」


飛ばされた者の中には祖国を厭い、島を出て行った者も大勢いたと聞かされた。フレント派の過激集団は恐らく後者であっただろう。
この島に住む者たちは代々歴史を受け継ぎ、カナロアとヤムについても知っている者ばかりだった。いつか祖国に帰るのだと一致団結した者達の中で、アサトもそれを思いながら暮らし始めた。


「…一族にはレーフの力があるが、それが宿っていると知らなければその力を使わずして一生を終える。使い方も分からなければ、何もすることは出来ない。だから私も安易に飛ばされた。…だが、その考えには誤算があった」


レーフの力はいつでも使用できるような安易なものではなく使用条件がいくつかあった。月の満ち欠け、潮の満ち引き、天候等。以上のことから天体の力を利用していると考えられている。
ただ、数年に一度、月の引力が最大になるときがある。スーパームーンと呼ばれる時だ。その時には、本人の意思に関係なく勝手に異世界へ引き寄せられてしまう現象が稀に起こる。恐らくカイザー一族も知らない原理。ライもそうして異世界へと飛ばされたのだ。

そうしてこの世界に戻って来ることとなったアサト。最初はまた、何がなんだかわからなかった。


「海岸沿いに寝転がっていたところをとある女性に助けられ、私は命を繋ぐことができた。…それが、ロー。お前の母親だ」

「…!」


アサトが自分の居る場所がワノ国の海外にあたるものだと知るのは、もう少し後の話になる。妹のことは気がかりだったが、ワノ国へは今更帰れないし、帰ろうとも思えなかった。家族を持ち、幸せな家庭を築けた。一族が何だの規律がなんだのと厳しかったあの頃とは違う世界―第二の己の人生に、アサトはあの国を追い出されて正解だったと思っていた。


「…だが、事態はまた急変する。……妹が、赤子を抱いて私の前に現れたのだ」


やせ細り病気染みた顔色をした女性だったが、アサトは妹のラムだとすぐに分かった。だが、変わり果てた妹の姿にアサトは愕然とし、一体何があったのかと取り急ぎ事情を聞いた。
そうしてアサトは、カナロアという島国、レーフの力、ヤムの事、全てをラムから聞いたのだった。


「それよりも私はラムの状態が気がかりだった。正当な後継者として働き詰めて病気が悪化したのだとばかり思っていた」


だが、事実は異なる。病弱でやせ細ったのではない。…何度も何度も子を産まされ、ラムは衰弱していったのだ。

そうしてアサトは、カイザー一族の残酷な面を知ることになる。女性に継承権があるということは、女の子を産み育てる必要があるということ。継承の儀を終えたラムに待っていたのは、子を孕む”仕事”だった。

だが、曽祖父の時代からそうだったように、なかなか女の子は生まれてこず、男の子ばかり生まれた。最初は喜んでくれていた両親も、女の子でないと分かるとあからさまに落胆するようになった。
ラムは自分の運命を恨んだ。特別仕様人に選ばれ、正当な後継者の意を知り、歴史の全てを聞き、統制者を受け継ぎ、一度は受け入れた運命。…しかしそれは思った以上に身体の弱いラムには負担だったのだ。


「そもそも何百年前の歴史。伝説の生き物が今もいるはずなんてない…話を聞いた時は私もそう思った。幼い頃から私の影響を受けていたせいか、ラムも一族の行いに疑問を抱き始めた」

「……」

「ラムは、自分の子供に同じ思いをさせたくないと思い始めた。女の子が生まれず、そのまま自分が命を落とせばこの歴史は終わらせられるのではないかと」


だが、運命は皮肉なものだった。直後、生まれた子の性は――女だった。

ラムは父母に「私の代でヤムを必ず見つけてみせる。だからこの継承の儀を私限りでやめてほしい」と決死の思いで頼んだが、二人とも聞く耳をもってくれなかった。気高き一族でなく呪われた一族だとラムは思った。
そうして、唯一の信頼できる家族―アサトを頼ったのである。兄は死んだと聞かされていたが、処刑の本当の意味を知っていたラムは、兄も同じように飛ばされたのだと信じていた。子供の頃、海外を憧れていた兄。一族の血筋に興味の無かった兄。自分を外へ連れ出そうとしてくれた兄。唯一の理解者だと思った。


「ラムはレーフの力を使い、私の元へと飛んできた。特定の場所を選んで飛べるような代物ではないが…きっとお天道様がラムの願いを聞き入れてくれたのだろう」

「……」

「この子には、誰も…何も知らない場所で、平和に暮らして欲しい。一族の呪いに囚われず、一人の女性として人生を歩んで欲しい。…ラムはそう願い、私に子を託した」


ドクリ、ドクリ。


「…それが、お前や、ライ」

「…!!」



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