「…私は、変わり果てた妹の姿を見て、全て自分の責任だと感じた」


アサトは自らを憎むことしかできなかった。唯一の家族を見捨て、自らの幸せだけに浸ろうとした"罪"を。
どうして海外を夢見てしまったのか。どうしてあの時、ワノ国へ帰ることを選択しなかったのか。どうしてもっと妹のことを思ってやれなかったのか。古臭い習慣をもち穢れてしまった我が一族を正してやれなかったのか。

アサトは罪を償う気持ちでラムの子―ライを連れ、ラムの身につけていた指輪―封印のカギを持ってニホンへ飛んだ。ラムが自らの手で終わらせた歴史を、彼女の意志を、自分が守り続ける。それがカイザー一族の"落ちこぼれ"としての最期の使命だと思った。

ローは、6歳になったばかりだった。


「……お前に真実を話さんかったのは、それもラムの願いやったからや」

「……」

「指輪は捨ててと頼まれとったが、妹の形見やと思うと捨てれんくてな。…せめてもを思ってお前にプレゼントした。ラムと同じや…よう似合とると思ったわ」


ドクリ、ドクリ。自分の出生の秘密。他に類を見ない、壮絶な出生の秘密。例えば母親の不在について問うていたとしても、父は本当の事を話さず上手く誤魔化しただろう。とんだ冗談だって、そんなの嘘だって、声を上げて笑えればどんなに良かっただろう。でも、こんなところでそんな長い嘘を父が付く筈のないことも分かっている。その後のラム―母の末路も、聞かなくとも。


「……アンタの部下二人は、この話を知っているのか」

「あぁ。…彼等は私が最初に飛ばされた島で数年暮らしていた仲間だ。…私は赤子のライを連れて一番に島を訪ねた。何年も離れていた間に随分と変わり果てていたよ。歴史を知るものは殆どいなくなっていた」


それならそれでいいと思い誰にも真実を語ることをせず島を去ろうとした、…その時だった。共に島を駆け回って遊んだ仲間―イメルダとルアンが現れた。
彼等は自分の事をハッキリと覚えていてくれた。急にいなくなってしまった自分の身を案じ、ずっと探してくれていたそうだ。祖国の事も覚えていた彼等に、アサトは真実を話した。


「元々は気高き貴族…彼等は語り継がれるカイザー一族に憧れをもっていたようでな、私はやめろというのだが崇めることを止めんのだ」


だから父を様と敬称付け、自分をお嬢様と呼ぶのか。カイザー一族ってそんなに素晴らしい貴族だったのだろうか。ただ父の話を聞くだけでは自分には到底分かり得ない世界だなとライは思う。


「いつの日か、ライを探しに向こうから使者がやって来る可能性は捨てきれなかった。私は島ではなく本土へ移住することにした」


そうしてただ平和に、暮らそうと思っていた。だが、イメルダとルアンに「本当に全てを終わらせるのならヤムの眠っている宝箱を見つけるべきだ」と説得された。
この世界の情勢やワノ国について情報を得、可能ならワノ国への潜入を試みようと考えるも、ワノ国が継続して鎖国を続けていること、そして新たに"サムライ"という強い武士の存在があり海軍でさえ介入できないこと、何よりこの世界が海賊世界であることを鑑みれば、まずは力を養うべきだという結論に至り、彼等二人を暫くこちらに移住させ、アサトはライに怪しまれない程度に(海外出張と偽り)この世界へ身を置いた。

誰も歴史を知りえないならば、ライを連れてこちらの世界に戻ってくることを考えなかったと言えば嘘になる。けれど、ここは殺戮の溢れる世界。残虐な、世界。平和に暮らして欲しいという亡きラムの切なる願いを受け入れるならば当然ニホンで暮らすべき。アサトは頑なにそれを守り続けた。
例え、本当の息子と再会できなくとも。


「…お前は、この世界におったらアカンのや。…ど平和な国で育ってきたお前が海賊になんぞ成れるワケがない」

「……もう、なっとる」

「…アホ言うな。この先の新世界には化けもんみたいな奴がわんさかおんのやぞ。…イメルダと戦い、呆気なく負けたお前が、この先やってけるとでも思っとんのか…!!」

「…!」


核心を、つかれる。

たくさんの事を経験し、挫折し、懸命に生きる努力を重ねてきた。ハートの海賊団の一味として、仲間として、新世界にいる強敵に立ち向かう為、海賊として生まれ変わり、能力を手にし、力をつけた。…その努力と、覚悟。それだけでは、どうにもならない事の存在。
知りたくなかった。確立させたくなかった。

能力を上手く扱えない。強敵に呆気なく負ける。それは、体力の問題でもない。身体の構造の問題でもない。気持ちの問題でもない。技のレベルの問題でもない。
悪魔の実の能力を、使いこなせないだけだ。
自分には、素質が無いのだ。


「……指輪に秘密があることを悟っていたな。…もしや、ライが手配書になっている理由がそれか?」

「……確信はねェ。だが、指輪を探している連中がいることは確かだ」

「探している連中とは」

「…新世界に君臨する四皇の一人。――"カイドウ"だ」


ここまで来たら、その事実を話さない選択肢は選べなかった。過去の歴史を知った今、うやむやになっていた部分全てがカチリと当てはまってしまったからだ。
新世界においてカイドウがテリトリーとしている場所がワノ国だと知ったのはつい最近の話。一族が必死こいて探しても見つからなかった宝箱をもし、カイドウがワノ国で見つけたのだとしたら。フェイクの鍵に気付き、本物のカギを探しているのだとしたら。


「…その中に"貴重"な財宝が入っているだけだと思っているのならまだ救いようがある。…だが、もしヤムの存在にまで気付いていたとしたら――」

「…そんな筈はない。…この歴史はカイザー一族の正当な、」

「その正当な後継者が外部に漏らさない確率はいくらある」

「…っ、」

「お前の妹がそれに疑念を抱いたように、その前の代―いや、もっと前からそういった傾向があったとしたら…可能性はゼロではないだろう。…カイザー一族の正当な後継者がアンタのようにニホンへ飛ばされ、その後同じ道を辿った可能性だってある」

「…!」


「海で漂流していた一人の男を助けたそうだ。その男が…確か"ニホンという国から来た"と言っていたと」


レイリーの話にも、ニホンからやってきたと言う男性が過去にいたと聞いた。いや、きっと。アサトが知らないだけで、過去にはもっともっとそうしてスーパームーンの影響を受けた一族がいたとしてもおかしくはない。
そうして、ひっそりと別の場所で歴史が継承されていたのなら。あの絵の存在も、宝箱の存在も、個々の場所で影ながら受け継がれてきたのだとしたら。

それを思えば、ライが"ONLY ALIVE"で指名手配されている意味がヤムを操れる後継者だと発覚しているからだと、断定は出来ないが無いとも言い切れない話に変わる。
それらがどこまで何を知っているのか。それを探る為に、ロー達―ハートの海賊団は新世界へと臨んだ。ライに"改造"を施してまで、彼女と共にあろうとした。


「……ライ」


…だが、それも、ここまでか。


「――国へ帰れ」



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