「っ――」
何が起こったのか、分からなかった。それでも、父の着ている真っ白なカッターシャツが腹部あたりからみるみるうちに赤に染まっていく。突き抜けるは、誰かの手。誰の、後ろの、いやというほどピンク色が目に付く、特徴的なサングラスをかけた、ライも"良く知っている"男の、
「――お父さん!!!!」
その声を合図に、男が手を父の身体から抜く。クルー達の足音が響く。ガクガクと口を震わせ、視線の定まらない父の顔から生気が消え、まるで壊れたおもちゃのよう、ガシャンと音を立てるかのようにその場に崩れ落ちていく。
「――よォ、久しぶりじゃねェか…」
ギリり、と奥歯が折れる程に唇を噛み締めるローの視線の先。赤に染まりピクリとも動かないアサトの後ろ、堂々と立ち不適な笑みを浮かべるそれは、――己の、怨敵。
「…ドンキホーテ・ドフラミンゴ…!!!」
ドフラミンゴは両端にいたイメルダとルアンを突然に蹴飛ばし、海へと突き落とした。二人は両腕を背後で拘束され身動きが取れずにいたようで、悲痛な叫び声が海へと消える。
「――"ROOM"」
刀を抜いたローはその場にあった樽とアサトの身体をパッとすり替え、そのままドフラミンゴの方目掛け飛んだ。
「お父さん…!!!」
ドスッと鈍い音を立てて転がってきた父の身体。破裂しそうな心臓と過呼吸気味の肺を抱えながらすぐさまかけより、その顔を覗き込んだ。
「っ、しっかりして…!!」と、身体を揺するも反応はない。涙が止まらない。息が苦しい。動揺して身体の震えが収まらない。どうして、どうしてこんなことになっている。何故ドフラミンゴがここにいて、何故父を殺めようとした。どうして、どうして。何で、
「お父さん…!!目開けて…!!」
「ベポ輸血の用意を急げ!」
「ア、アイアイ!!」
「シャチ!トド!海に落ちた二人を早く!!」
「おう任せろ!!!」
「とにかく中へ運ぶぞ、――!?」
「――お前等避けろ!!!」
「「!!!」」
皆の張り上げた声よりも大きく、船長の怒号が飛んだ。父の周りに集っていた白の集団目掛けて、ドフラミンゴが攻撃を仕掛けてきたのだ。
ライが顔を上げた瞬間、横から誰かが飛んで来た衝動の後、それに包まれながらゴロンと床に転がる衝撃が身体中に迸った。
「っ、!!」
「ごめん気遣う余裕無かった」と己を支え起き上がらせてくれたのはセイウチだった。治りかけていたアバラが酷く疼いたが「平気、ありがとう」と返し、すぐさま空を見上げる。船長と攻戦しつつもこちらに攻撃してくる余裕ぶり。他のクルーは既に散り、船長の援護へと回っていた。静けさに包まれていた甲板が一変して戦場に変わる。
「クソッ…テメェが何でここに、」
「フフッフフッ…!!数奇な運命だと思わねェか?ローよ」
考えろ。何故コイツがここに現れたのか。イメルダとルアンが拘束されていたところを見るに、アサトもドフラミンゴに"脅されていた"と考えるべきだ。だが、何の為に。己に近づく為だけにそんな事をするような奴ではない。一体何が目的だ。
「俺の"探し物"が、お前の船に乗っていたとはなァ」
――まさか
「"ゴシキート"」
「!!!!」
一瞬の隙を突かれる。ローの身体は攻撃をもろにくらいバランスを崩しそのまま甲板へと落ち行き、「「船長!!!」」叫んだクルー数名が駆け寄っていく。
「――初めまして、お嬢ちゃん」
「「!!!」」
そしてそれも、一瞬の出来事。落ちた船長に自然と視線を向け、敵から目を背けてしまっていた。まさかそれがここに―己の眼前に来るなんて思ってもいなくて、横にいた筈のセイウチの身体が一瞬で吹っ飛んでいくなんて、
ダァン_!!
「セイウチ!!!!」
大きな衝撃音とともに、壁に激突した彼の身体がペタリと床へ落ちる。秒で進んでいく展開、駆け寄ろうと立ち上がったが身体が前に進まない。
「ライ!!!」
「おいおい…コイツに当たってもいいのか…?か弱い一般人だ。玉一つであの世行きだぜ?」
まるで人質のように。首元に回った片腕一本の力は凄まじく、二倍ある身長差、ライの身体が易々と宙に浮く。たかが腕一本なのに、捉えられた身体を動かそうにもピクリとも動かない。大きな手が右肩に食い込み締まる首元にアバラが嫌に疼き、苦しさが増していく。
それでも戦わなければと思った。――しかし、銃を構えていたクルー数名の1歩前に居たペンギンが、それらに"下ろせ"と手で一つ合図を出した。刹那目が合い、彼は小さく首を振る。自分がどれだけ銃で撃たれようが死なない事は皆既知だ。だが、敢えてペンギンが銃を下ろさせたのは、ドフラミンゴの言ったことに従ったということ。首を小さく振ったその意図は「能力を使うな」という意味だろう。玉一つで死ぬと思われている身、能力者であることは知られていない。奴の目的が何なのか分からない今、下手に情報を晒すのは良くないと判断したのだと思われる。
「ライを離せ」
「フフッ…そりゃ御免だ」
…だが、何故自分を"か弱い一般人"だと見抜いているのか。皆と同じツナギを着ている。傍から見ればハートの海賊団のクルー、違うのは性別だけだ。
分からない。一体何が目的で、どうして父を、父を殺める必要が――
「俺の探し物がここにあった…だから、頂いていく。それだけだ」