「――させるかよ!!!」
「「!!!」」
クルーの背後から飛び出したのは、船長。刀を振り翳し己ごと切りかかるような気迫に一瞬目を瞑る。身体に浮遊感、そして後ろに引っ張られるような感覚にパッと目を開けば海の真上、ライはドフラミンゴに抱えられたまま空高く飛んでいた。
「手配書を回したのはお前だな!何故ライを狙う!!」
「お前達"下等生物"は知らなくていいことだ…。もう少し遊んでやりたいところだが、時間が惜しい」
――"パラサイト"
クイッ、クイッと、ドフラミンゴが右手指を軽快に動かせば、刹那信じられない光景が目の前に広がった。クルーの誰かが船長目掛けて銃を乱射し始めたのだ。
「うわああああ!!船長避けてー!!」
「ックソ…!!」
「何やってんだお前っ!!」
「違う!!身体が勝手に…!!」
銃を乱射していたクルーを力ずくでペンギンが止めるも、その後別のクルーが刀を振り翳し「おい!!どけ!!避けろおおおーー!!」と言葉とは裏腹にペンギンに向かって襲い掛かる。次々に仲間同士で殺り合う連鎖が広がり、悲鳴にも似た怒号が飛び交い、騒然とする現場。
「っ、やめてよ皆…!!っく…離して!!!」
この男の能力によって操られているのは一目瞭然だが、何の能力かまではライは知らない。目の前が悲惨で残酷な場景に変わり、白で溢れていた甲板が赤く染まっていく。このままでは皆死んでしまう。仲間を思い、大切にしてきたクルー達が、それを自ら壊していく光景なんて見たくない。どうにかしたくても動けない。どうしてこうなった。どうして、どうして、
「っ、もうやめてや!!ウチが狙いなんやろ!大人しく着いて行くから――」
「――ライを離せ…っ!!」
「懲りねェな」
「「!!!!」」
船長が目の前に現れたと思ったら。締め付けられていた首元がフッと軽くなったと同時、ライは急降下で小船に落とされた。
「ライ――!!!」
「っ、痛っ…」
受身は辛うじてとれたものの、ダイレクトにアバラに響いて顔を顰める。パッと上を見上げれば此方に来ようとしているもののドフラミンゴが邪魔で苦戦する船長の姿。動きが早くて目で追えないが、あの船長が手古摺る相当な実力者。己の力じゃ到底敵いっこない。手を出したくても、出せない。
一瞬で壊された現実。顔面蒼白の父の姿。吹っ飛ばされたセイウチの姿。必死な船長の姿。悶え叫びながら仲間を攻撃するクルーの姿。その暴動を止めようとするペンギンの姿。鳴り響く金属音、銃声、怒号に悲鳴、止まない攻撃、攻防、――見下ろす男の余裕。
――帰るぞ
…もしも、あの時。父の意向に素直に従っていたらならば。こんなことにはならなかった。今頃自分はニホンに居て、皆魚人島に居て、双方に新たなスタートを切っていたかもしれないのに。
ポタポタと流れる涙が、奮わない握り拳の上へと落ちていく。どうしていつも、自分の所為で。ハートの海賊団の航路に支障を来たす。ハートの海賊団をこんなにも追い詰めて、仲間を悲しませて、仲間を傷つけ合わせて。
「――ライ!!大丈夫か!?逃げろ!!」
「っ、シャチ…!」
その時。船の上から降りてきたシャチに「キラーウェルに乗って逃げろ!時間は稼ぐ!」と、早く行けと促される。「でも、」と思い留まってしまった。皆を置いてはいけないなんて、何も出来ないクセに考えた浅はかさ。
その瞬間を、ドフラミンゴは見逃さなかった。
「――邪魔をするか。どうやら死にてェらしい…」
「っ…カハッ…!!」
「っ――シャチ!!!!」
父の時と、同じように。今度は細い何本もの"糸"のようなものがシャチの身体中に刺さり、血飛沫が弾け飛ぶ。眼前、己の頬、膝の上で握っていた拳、白いツナギ、全てが赤く染まる。「シャチ…!シャチ…!!」パタリと倒れこむシャチに駆け寄るも、すぐにまたドフラミンゴの片腕に捕らえられてしまった。ズキンズキンとアバラが痛む。苦しい、痛い、胸が張り裂けるように呼吸が上手くできない。
「フフフフッ…弱いってのは…罪だと思わねェか?」
浮遊感の後、またと空の上に来たライの目に飛び込んできた、先程よりも惨憺な光景。そこにはもう戦っている者は誰もいない。治療に当たる者、倒れる船長の元へ駆け寄っていく者、息絶え絶えにもがく者、ピクリとも動かない者。…信じられない。数分前までの皆の笑みが闇の中へと消えていくように、己の頬を伝って止まない。
「…フフフフッ、苦しみから解放してやろう」
スッとドフラミンゴが右手を翳す。
「…もう...やめて...」
どんなにもがき出ようとも腕を解こうとも、びくともしない、ドフラミンゴは動じない。
「...もう...やめてよ...」
これ以上はもうたくさんだ。私のせいで皆が傷つく、苦しむ。見たくない。
動かない身体の代わりに、細胞が喚き出す。ドクリドクリと焦るように。ドクリドクリと奮うように。ドクリドクリと、
――目覚めさせるように
「もうやめてっ、殺さないで――!!!」
…広い広い海に響き渡った、切なる甲高い叫び。騒音を掻き消したかのように一瞬、世界が静まり返ったような錯覚が辺りを包む。
ゴゴゴゴゴゴ…
「「――!?」」
…しかし、その地響きは刹那鮮明に。――その声に応えるように、次第に轟き始める。
「っ…オイオイ…こんな時に…!!」
穏やかだった波が急激に荒れ始め、まるで地の底から何かが湧き出てくるようにゴボゴボと水面を揺らし、次第にコバルトブルーが漆黒の黒へと変わっていった。ポーラタング号も小船も大きく揺れ始め、甲板にいたクルー達も何事かと慌てふためく。
ライはただドフラミンゴの腕の中で、迫り来る黒い影から逃げ惑うクルーを見ていることしかできなかった。
「――まァいい…もうここに用はない」
「――ライ!!」
「じゃあな、ロー」そう言ってまた弧を吊り上げて一つ笑ったドフラミンゴと共に。
「クソッ…!!待て!!!」
パッと弾けるように、ライの姿は空の青へと消えた。