「面倒ねー?ドフィ、俺がいこうか?」
「いや、いい。お前では俺の3倍時間がかかる。一旦"休憩"だ」
パッとチェーンから手を離された衝動でライは座らされていたソファの背もたれへと倒れこんだ。掌をヒラヒラと揺らし、己に背を向け歩き出すドフラミンゴ。不潔な男は何か話しかけながらドフラミンゴの背を追い、熊フードの女の子は相変わらずグレープを食べている。
…とりあえず話は信じてくれたようだ。指輪と自分が離れたことが吉と出るのか凶と出るのか今は分からないが、とりあえず一時は凌いだと軽く息を吐き出す。
…さて、これからどうするべきか。思考をまとめるように、ソファに項垂れ天を仰ぐ。
「……っ」
痛むアバラに、思い出される父の最期。
「――来るなライ!! 」
何を後悔してももう遅いことなど、分かっている。自分の愚かさ、自分の意気地の無さ、自分の決断力の無さ。特殊能力を使いこなすことも出来ず、海賊にも成りきれず、純粋に恋に落ちる事も出来ず。何もかも中途半端な自分が招いた結果。
座り直し、膝を抱えるようにしてそこへ顔を埋める。
「――お父さん!!!!」
感動の再会とはならず寧ろ最悪な再会の形となったけれど。そして知らされた真実の中、本当の父親ではなかったけれど。
「…っ、」
話したいことがたくさんあった。一緒に行きたい場所も、やりたいことだってあった。何の変哲もない毎日を一緒に過ごして、そうして時を経て寿命を全うして穏やかにこの世を去るんだって。…早すぎる。ねえ、早すぎるでしょう。こんな形で終わるなんて、信じたくない。ねえ、どうして、
「…泣いてる?可哀想、指輪がないならお家に返してあげたら?」
「!」
目の前にその宿敵がいるのに、何も出来ないもどかしさ。己の非力さを嘆いたってしかし、うちの船長よりも遥かに懸賞金の高い相手、王下七武海、億超えの強者にどうこう出来る術が無いことも分かっているつもりだ。
あの不潔な男、そしてグレープを一心不乱に食べる女の子、どちらもドフラミンゴの仲間、そして双方に能力者であることは確実だろう。ドフラミンゴが率いる部下だ、相当な実力者の筈。自分が何か下手な行動に出れば、一瞬で消される未来が見える。
「いやダメだ。ソイツにはまだ"役割"がある」
聞きたいことは山ほどある。何故父が死ななければならなかったのか。父とは知り合いだったのか。何故自分を攫ったのか、何故指輪の事を知って…いや、何をどこまで把握しているのか。
「…か弱い一般人なのにねー?帰れないって可哀想だねー?」
だが、何も聞けなかった。否、聞かなかった。敢えて聞かない。向こうが知っている情報量と、こっちの知っている情報量の差を明確にしてはいけないと思った。迂闊に言葉を漏らせば、それがヒント、寧ろ答えとなって繋がる可能性がある。向こうが宝箱を見つけてしまっていて、指輪が鍵だと確信しているのなら、尚更。この世界と他世界の話、そして巨大な"権力"の奪い合いに成りかねない情勢。いっぱしの小娘が軽快に話せる機密ではない。
「そうだな…か弱い…哀れな一般人だな…」
フフッ。と何が面白いのか分からないが、ドフラミンゴは笑った。
今の会話から、自分はまだ"一般人"として認識されている事に確信を持つ。能力のことがばれていないのは好都合。今かけられている手錠も普通のものだ。海楼石でできているのなら、触れているだけで力すら入らないと聞いたことがある。
ともすれば、隙をついて逃げることは容易い。水になって錠から抜けだせばいいだけだ。
…だが、逃げて、どうする。行く宛は?今自分がいる場所も何処かわからないのに、計画無しに無闇矢鱈に行動するのは得策ではないとバカでも分かる。
そう、焦ってはいけない。自分が能力者であろうが、ドフラミンゴからしてみればか弱い哀れな一般人には変わりない。自分が逃げ出そうとしていることを悟られれば、そして実行が見つかれば即死と思っておいた方がいいだろう。
慎重に、期をてらえ。焦るな。情報を得よう。今自分がいる場所、シャボンディ諸島からの位置、そしてドフラミンゴの仲間の数、行動パターンを把握する。
ライは膝に顔を埋めたまま決意を固めるかの如く、床にだらりと置きっぱなしだった両手に力を込めた。
――自分で決めたことに揺らぎを与えるな。一度決めたなら最後まで貫き通せ
…ごめんなさい、船長。今だけ、揺らぎます。
あんなに帰りたがっていたクセになんて気まぐれな女なんだと嘲笑われても構わない。私は決めた。もう、ニホンに戻りたいと嘆かない。ニホンには戻らない。父のいないニホンに戻る意味など無い、そうだろう。
狙われていても、危険だとしても、能力者としてこの世界で生きていく。戦いの中に身を置き、例え素質が無くとも、強くなって。…そして、父の仇を討つ。
「……――」
私は目の前の男を。
ドフラミンゴを、――絶対に赦さない。