「これが悪魔の実かあ」

店を離れて数十秒も経たないうちに、ライは紙袋から悪魔の実を取り出した。

よくよく見てみれば無数の枝に一つだけそれが生っている状態で、元々は葡萄のような形だったのだろうか。ライの手のひらに収まるくらいの、小さな実。こんな小さな実が人を喰らい尽くしてミイラにしてしまうなんて…何だか今となっては胡散臭い話のような気もする。
あんなこと言いつつシャチやアシカもそれには興味津々のようで、2人とも身を乗り出すようにそれを見ていた。シャチは歩きながら実が生っていたであろう枝の数を数え始める。


「全部で20…1人一粒食ってった…ってとこか。これがラスト一粒ってワケだ」

「最後の一粒を食べた人に能力が宿るとか?」

「…お前さ、変なとこポジティブだよな。こういうのは怖くねえのか」


"食べたらミイラになって死ぬ"、確かに誰が聞いてもこの上なく恐ろしい話であるのは分かっている。分かっているが、その実感が湧かないが為の好奇心が今は勝っているのだと思う。そう、これはいわばミステリーと同じ類であって、信じるか信じないかはあなた次第です、である。


「…ってか、何でお前悪魔の実の事知ってんだ?」

「え?」


ライが他世界から来たことは全員に周知したが、この世界について既知であることはまだ明かされていない。
船長がその話をしなかったのは話が長くなるのを避けるためだと昨日は思っていたが…実際どうなのだろう、それについて特に口止めもされていないが、いや、そもそもこの場でこの話はご法度。


「船長室にあった本で読んだ。この世界の事、勉強…と思って」

「へぇ、そうか。お前意外と勉強熱心なんだな」

「…意外って、」


その言葉の続きはアシカが「シッ」と口に人差指を当てたことによって、声には出なかった。少しでもライの話をするのはアウトだと思っているらしい。

そうして話はまた、この小さな悪魔の実へと戻る。


「枝が邪魔やなぁ…取ったら能力消えるとかある?」

「いや…取っていきなり爆発とかはありえるぞ」


悪魔の実に纏わる話の中に、既に能力を手にしている者が異なる実を食べた場合、その身が木っ端微塵になるという話がある。これは政府も認知済み。能力は1人にひとつ、欲張り者は悪夢を見るとはまさにこのことである。


「え、大丈夫ですよね?…そもそも能力者じゃないし、」


そう言って気にする事無くライが実をプチッと枝から取り離した瞬間。


「バーーーン!!!」

「っふぁ!?!?」


盛大に鼓膜を揺らしたその音は、…隣のワルガキが発したものだった。


「もう!シャチ最低!」


ハハハと笑うシャチに白い目を送りながら、ライは切り離した枝をそこら辺にポイする事無く、道端の土に植えた。「また生えてくるかな」と言えばアシカが呆れたように「んなアホな」と返す。


「こんなに小さい悪魔の実もあるんだね」


空に翳す様に持ち上げれば、光に反射してその淡い色を一層輝かせているようにも見えた。久しぶりに光に当たって嬉しいのだろうか、なんて。…そういえばあのおばあさんは、この実を"人"のように扱っていた気がする。長い間共にいたから何か思い入れがあったのか、ただの気まぐれか。
クンクンと匂いをかいでみれば、何の匂いもしなかった。確か悪魔の実ってこの上なくマズイんじゃなかったっけ。それを思い出せばちょっと…食べるのは気が引けたかもしれない。


「何かお前…飴玉と間違えて食っちまいそうだな」

「いいかライ、食う時は絶っっ対に船長の許可が必要だからな!!」

「わかってるって、もう怒られたくないし」

「…いや、それを手にしてる時点で怒られるのは確定だと思うが…」

「分かった、じゃあ、誰にも見せない。お守りにするって言うたでしょ?」

「…いや、お前酔ったら何仕出かすか分からねぇしよ…」


そうして3人はミイラの話+この実の存在は暫く黙っておくこととして約束し、何事も無く船へと辿り着いた。ライはそれをそそくさとポケットにしまう。無臭なら誰にも気付かれないだろう。

2人には言わなかったが、既にこれを食べる前提でライは考えている。そんな事言ったらこの実を取り上げられてしまうことはあの果物屋にいる時から分かっていたし、それこそ先に船長に告げ口されてしまうと思って敢えて嘘で誤魔化している。

この実を見た瞬間から、どうしても手放したくなくなっていた。直感的にこれは私のものだって、思ったのだ。それに今もこの実があるだけで、既に気持ちは大きくなった気がしている。
…この実を食べたら、どんな力が手に入るのだろう。間接的な能力だったら嬉しいな、なんて。

そんな事を思いながら、ライは梯子に手をかけた。


*


「――そういえばさ、何でライちゃんあんな格好してたの?ペンギンの趣味?」

「違う、あれはベポの趣味だ。"か弱い一般女子"に見せる為に着替えさせたと船長は言っていたが――」


夕刻。他世界から来たプリンセスとプリンスの交流会と称した宴は予定通り開催された。開始早々皆ライに群がり彼女の世界の話を聞き漁っていた光景は、ライを迎えて第一回目の宴の時の光景と何ら変わらず、ペンギンはそれを終始穏やかな気持ちで眺めて過ごしていたのだが。


「ペンギン、内心萌え萌えだったでしょ?」

「はっとばすぞお前」


相変わらずのセイウチに溜息を吐きながら噂の的へと目を向ける。

どうだろう、小一時間は経っただろうか。ライは今現在ベポとアザラシと他数人に囲まれて楽しくやっており、昨日酒場で飲んでいた時よりもどこか上機嫌にペンギンに映っていた。何がそうさせているのかは分からないが、船長に"叱られた"事で、彼女の中にあった何かしらの蟠りが解けたのかもしれない。


「......」


今日の服装はいつもと同じラフな格好だが、時折首元から覗くシルバーを見つけては、綻ぶ顔をグッと閉める。…彼女がそれを身に付けた時の事を思い出しては、高鳴る鼓動をギュッと抑える。

――触れたい

あの時、ペンギンは咄嗟にそう思ってしまった。一体いつからだろう、そういった"やましい心"を彼女に持つようになってしまったのは。隣の破廉恥男が"何もしていない"というのに、この誠実塊男が事をしでかしたらきっと…晒し首か、はたまた極刑か。確実クルーから軽蔑を受けるだろう。
それだけは避けたい、絶対に。俺はこの船の副船長で、風紀委員の委員長(と自負している)。ライはハートの海賊団の一味。そう、ただの仲間。…ただの、仲間。

言い聞かせるように身体の奥へ酒を流し込む。それを思えば自分はまだまだ理性がある方だ、なんて。
「いつもあんな格好してくれたらいいのに」とサラリと言ってのけるセイウチが何だか憎たらしくなって、ペンギンは思い切りその頭を小突いてやった。



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