「〜〜〜♪」


鼻歌を歌いながら、御手洗いへ向かう。
暫くして周りに誰もいない事を確認しつつ、ライはポケットからそれを取り出した。


いつもどおりの宴。しかし、その会話の内容はいつもと異なっていた。

まずは、自分の世界の話。この世界が二次元にある事は言わない方がいいかと勝手に思っているので言っていないが、日本という国の事をたくさん語った。皆変な隔たりを持つ事無く物珍しそうに興味津々に聞いてくれて、いつにも増して饒舌になって比例するようにお酒も進んだ。
そして、"力"の話。皆がこうして強くなった経緯、コツなどを聞いた。ライはとても真剣に聞いていたが、誰しもが明日絶対忘れているだろ…と内心思いながらもあまりそういう事を語る場もないので、皆思い思いに自分自慢をし、互いに競い合ったりなんかして、その場は大いに盛り上がっていた。


「……」


久々の楽しい宴。だからどこか、気持ちが浮ついていたのかもしれない。
両手でこねる様に労わりながら、悪魔の実と戯れる。自然と顔がにやついていた。何だかちっちゃな相棒を手に入れた気分。

他の海賊も、こんな気分になるのだろうか。強くなりたいと願った時に、悪魔の実が自然と手に入ったら。デメリットが海に嫌われるだけならば、何も思う事はない。ライはどちらかといえば山派である。
これがあれば、自分も強くなれる。久々のご満悦にテンションも上がってスキップなんかして、


「――!」

「!わっ、」


その時。角を曲がったところで誰かとぶつかりそうになり慌てて足を止めたが、防衛反応からか咄嗟に手を引いてしまい、…そうして転がっていく我が相棒。
しまった見つかってしまったと焦る心を引き連れて目の前の人物を見上げる。


「…おい、それ、」


――ヤバイ


目が合った瞬間。ライはサッとそれを拾って尋常でないスピードで来た道を戻った。


「ヤバいヤバいやばいよやばいよ...!!」


皆飲んだくれている。だからここには誰もいない。…そう認識していた頭がバカだった。
よりにもよって何で船長が前からやって来る。この先に船長室はないし、そもそも食堂にいたのを確認してから来た。足音だってしなかったし…いや、鼻歌に加えてスキップもしていたから気づかなかっただけか。…もしかして、つけられていたのだろうか。
…どうしようどうしようどうしよう、こんなにも早くバレるなんて思ってもいなかったライは上がっていたテンションの急降下とともに、


「――アカン!アシカさん見つかってしもた!」


全速力のまま、アシカの元へと飛び込んだ。


「うぉ!?…何が…ってお前まさか、」

「これ!!」


そう言ってライがポケットから出したそれに、アシカの目が点になる。何だか感触も変だし手がベタベタするもんで刹那ライもそれに目を向ければ。


「…あれ、唐揚げ――?」

「…どういう事か説明してもらおうか…なァ、お前ら」

「「!!!」」


目の前には既に、悪魔の実を宙に放り投げながら怖い顔で見下ろす船長の姿。悪魔の実と唐揚げを彼の能力で掏り返られたのだ。
ライはそっとアシカの背後に隠れた。…こんなところで能力発揮するなんてずるい、と思いながらその唐揚げをパクリと頂く。

アシカは大きな息を吐き出し「だから俺は嫌だったんだよ」と言って頭を抱え、少し離れた場所にいるシャチは関係ないといった風にあからさまに視線を寄越さない。


「(モグモグ)……これは、その、」

「アシカ、説明しろ」

「…………果物屋で、見つけたんだ。そこのばあさんがえらくライを気に入ってよ…タダでくれたんだよ…」

「悪魔の実をタダで!?おいこれ売ったら――」

「ダメだ!そんなことしたら死んじまう!!」


それはシャチの声だった。言ってからハッとしたように口を手で押さえるシャチ。即座に船長にバレたライにしろ口を滑らせたシャチにしろ、あの時の口裏合わせの意味は一体何だったんだよ…とアシカは盛大な溜息を漏らす。


「…どういう意味だ?ちゃんと説明しねェとテメェら――」

「…分かった、ちゃんと説明する。……ばあさん曰く、その実は"本当の海の悪魔の化身"だって話だ」


アシカは観念したように、船長にあの老婆から聞いた事全てを話した。クルー達も酒に手を伸ばさずに神妙な面持ちでそれに聞き入っている。プリンセス交流会は悪魔の実観照会へと変わり、流れる空気はいつぞやのように重い。


「もらっちまったもんは仕方がねえ…タダだし、何よりライもお守りにするって聞かねぇし…。あぁ、食うなら船長の許可が必要だって事は刷り込んであるから安心しろ」

「そうか。残念だが許可は一生下りねェな」


…やっぱり。それも、ライはどこかで分かっていた。絶対に船長は自分にこの実を食べさせてはくれない。目の前にこんな大きな力があるというのに、それをものにするチャンスがあるというのに。


「……それは…この実を食べたら…ミイラになるからですか?」

「それ以前の問題だ。お前に"力"は必要ない。身に付けるなら護身術くらいにしとけ」

「っ…船長前に、ウチに強くなれって、言いましたよね」

「アレはそう言う意味じゃねェ。お前も分かってるだろ」

「っ、でも、いつまでも弱いままでいたくないです、強く…なりたいです…」

「実なんて食わなくてもある程度の力がつきゃそれでいいだろ」

「っ、それじゃ…っ、ダメなんです…!」

「「お前やっぱり食う気満々なんじゃねえか!!」」


シャチとアシカから野次が飛ぶも、ライはローから目を逸らさなかった。

それでは今までと何ら変わらない。武術を完璧に教わったところで皆のレベルまで強くはなれない事も、自分の身体の構造、体力の限界くらい分かっている。銃だけではこの先やっていけない事も、新世界にはこの海以上にたくさんの強い能力者がいるのも分かっている。
そんな時の、この出会い。これは運命だ、そう…運命なのだって直感的に思った。あの果物屋で見つけた事も、おばあさんがタダでくれたことも、全部、全部私を導いてくれているんだって。


「…おばあさん、ウチに会ってこの実が喜んでるって言うてた」

「アホか。実が喋るわけねェだろうが」

「久しぶりに太陽の光浴びて、喜んどったもん…」

「光合成でもしたんだろ。ヒマワリだって"喜んで"太陽の方を向くじゃねェか」

「っ、この実は、ウチに食べてもらいたがっとる」

「…………いい加減にしろよ、ライ」


ライに本気で怒りだしそうな船長も、そうして饒舌に反抗し続けるライも、クルーがお目にかかるのはこれが初めてだった。恐らく宴がなければこんな事になっていないのではとペンギンは思う。普段船長に対してライは一人称で"ウチ"を使わないし敬語でたどたどしく話すのに、これはまるで別人だ。
何が彼女をそこまで追い詰めているのかは分からない。酔うと人格がコロっと変わるのは皆知っているが、普段無意識に染み込ませている船長への"畏怖"が、溜め込んでいた己の思いが酒の力で爆発しただけならそれはそれで構わないのだが。…明日サッパリ抜けた記憶を持って船長に謝り続けるライが全員の頭に浮かんでいるのは言うまでもない。


「…それを食って元の世界に帰れなくなったらどうするんだ、お前は」


初めて己に見せるライの態度に少なからずローは歓心していたが、内容が内容なだけにどちらかといえば今は腹ただしさに苛まれていた。

悪魔の実についても知っているから抵抗がないのは分かる。しかし、能力があれば強くなれると思っているところが単純。相変わらず分かっていても理解が乏しい、俗に言う知ったかぶりと同じだ。悪魔の実を食べたところでその力を発揮できなければ意味がない。それこそ、その実に喰らいつくされミイラになるだろう。
それに、ライはこの世界の人間ではない。血液も異なるくらいだ、この特殊能力でその小さな身体がどうなるのかなんて医者のローですら分からない。力を付けなくてもいいというのも本心だが、己の力でどうにも出来ない事態が起こるのをローは避けたいのだ。


「っ、それでも、ええ」

「…あ?」

「…ウチは、この世界で、生きてかなアカン。…せやから、皆の足手まといにならんような、力が欲しい」

「最初はあんなに帰りたがってたじゃねェか」

「っ、皆と一緒におりたいから…その為に強くならなアカンって、思ってるだけやんか……仲間になるってそういう事ちゃうの?そう言うてくれたん船長やんか…!!」

「お前は強くなる必要はねェって言ったのが聞こえなかったか」

「っ、何で、いつまでも足引っ張りたくないねん…!!守られてばっかり、そんなん嫌や!!」

「俺がそれで良いと言っている。コイツ等も別にお前にそこまで強く――」

「っ、何でよ!何で分かってくれへんのこの分からず屋!!!」


ライはアシカの背をグッと押して立ち上がり、走って食堂を出て行ってしまった。
いつもどおりペンギンがフォローへ回ろうとしたが「放っておけゴネてるだけだ」と言ってローは彼の足を止めた。先と同じように悪魔の実を宙へ放り投げては掴みを繰り返す船長の顔はいつになく複雑な顔をしていて、ペンギンはなんて声をかけたらいいのか分からなかったが、


「方言丸出しで怒るライちゃんも可愛いなぁ〜」


…セイウチは重い雰囲気をぶち壊す天才だと思う。ペンギンは船長へのフォローを諦め、深いため息を吐き出した。



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