アシカに老婆の特徴を聞き、その場周辺にあった店全てに聞き込みを行ったが(主にペンギンが)、結局その老婆の事も店の事も何一つ分からなかった。

そうしてモヤモヤした感情のまま、仕方なしに船に戻ろうとした…その時。


「――おーい海賊さん!」

「「…?」」


それが自分たちを指す名詞かは分からなかったが、3人が振り返れば手に幾枚かの紙を持ちながらこちらに手を振り駆け寄ってくる、1人の男性の姿。それは滞在初日に立ち寄った、酒場の店主だった。


「――よかった!まだこの島にいたのか!」


随分と走ってきたのだろうか、3人の前でピタリと立ち止まって膝に手をつき息を整える店主。アシカが「誰だ?」と怪訝な顔を向けるのでペンギンが「初日にお前等が飲んだくれていた店のオーナーだ」と言うも、どちらにしろ思い出せなかったのだろう、アシカは「そうか」とだけ返してまた一つ大きな欠伸をした。


「…何だ?俺達に用か?」

「居なくなっていた女の子が無事に帰ってきたんだ!あの作戦のお陰だろ?母親の代わりにお礼を言いたくてね!」


実をいうと、この店主もあの作戦に関わっていた。敵を誘き寄せる作戦の立案はローが行ったが、他の居酒屋に酒を頼んでおいてくれたのも、林を抜けた先に空き家があることや立地を教えてくれたのも、この店主。行方不明となっていた女の子が気がかりで、犯人を捕まえてくれるならと協力してくれたのだ。


「"犯人"はとっちめたが…俺達は何もしてねェ、その前に女の子は解放されてたようだ」

「そうだったのか…いやしかし、犯人が"捕まった"だけでも有難い。皆怯えていたからね」


ありがとう。そう言って店主は笑う。善意を働く気などこれっぽっちもなかったからお礼を言われるのは何だか気恥ずかしくてローはそそくさとその場を去ろうとしたが、


「ああ待ってくれ、話はそれだけじゃないんだ!…あのお嬢ちゃんは無事なのかい?」

「?…あぁ、二日酔いで潰れてぐーすか寝てるくらいだ」

「そうか、ならいいんだが…」

「?」

「いや、今朝の新聞にこれが挟まっていてね…女の子が無事戻ってきたのに何かあったんじゃないかと思って心配したんだ」


そう言って店主は持っていた紙をローに手渡す。海賊に善意を働いてくれる店主も店主だが、ライの持つ気質が周りの人間にそうさせてしまうのだろうかとペンギンはふと思う。
未だ彼女は夢の中だろうか。昨日の騒動を覚えているのだろうか。…朝っぱらからあの実について探るということは、船長はライの覚悟を受け入れる気でいるのだろうか。

確かにペンギンはアシカの話を聞いた直後は、そんな危険な実を食べさせられるわけがないと、ライには"力"なんか必要ないと、ローの意見に同意だった。
けれども彼女の気持ちを聞いて、その心が揺れ動かされなかったと言えば、嘘になる。

"足手纏いになりたくない。皆と一緒にいたいから、力が欲しい"

前回の島でのあの騒動後、戦った事、人を殺めた事についてペンギンからは一切触れていない。謂わば、腫れ物に触るようなものだ。船長からも殆ど何も聞かされず、結局セイウチからも何も聞きだせなかったけれど、ペンギンはライが自ら吐露してくれるのを待っていた。
だからそう、もしそれが―様々な恐怖と戦ってきた彼女の出した答えが、昨日の発言が全てならば。船長が、皆が、俺が守るからって、危険なことから遠ざけ続け、この世界で生きていくと決めた彼女の意志を妨げようとするのは、…己のただのエゴではないのかって、


「――船長?どうした?」

「っ?」


考え込んでいたペンギンが思考を戻し、そうしてローに目を向けるも彼はその紙を握ったまま、それから目を離さず、動かない。
たまらずアシカもペンギンもその手中の紙を覗き込む。

それは航海中に何度も見たことのある、この世界に住んでいる者ならば誰でも目にする手配書。ハートの海賊団でそれに載っているのは未だにローだけだが、


「「……っ!?!?」」


…2人は一瞬、目を疑った。


「…なんで、」


そこに写っている写真の人物は、自分達もよく知っている人物。風に揺れる髪が邪魔でそれを押さえている、この手配書に載るには相応しくない、左斜め前からふいに撮られた日常の一コマのような、


「っ、船長、」


ドクリ、ドクリと久々に大きくなる鼓動と反比例するように動かない思考。

条件は"ONLY ALIVE"
懸賞金は5000万ベリー


「……厄介な事になったな――」


…髪を押さえる左手、小指にはめられている指輪が、嫌というほど輝いて見えて。手配書を持つローの手は、微かに震えていた。



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