「…………っ」


起きた途端、いつにも増してズキリと痛んだ頭の奥。…また飲みすぎたのかと思って思い起こす記憶は冒頭、皆に自分の故郷について話したところまで。
いつも寝ているベッドにいるということはまたもや誰か―ペンギンか船長に運んで頂いたのだろう。最早記憶をなくすことが定例となってしまったなんて意味のない反省をしつつ、ライはようやくその瞳をこじ開けた。


「…?」


反射的に伸びをしようと握った左手中、何かがあるのに気付いてパッと目を向ける。


"おはよう"


…そこには、ポケットに閉まっておいたはずの、"お守り"の姿。


「…?!」


刹那ライは身体を起こす。サッと身体の熱が冷めるのが分かった。ドクリドクリと鼓動が煩くなる。何故、何故これがここにある。寝ている間に転がった、あるいは無意識に出したのならばそれで構わない…が。


『…いや、お前酔ったら何仕出かすか分からねぇしよ…』


アシカの言葉を思い出してライは頭を抱えた。…まさか、あの後自分からお披露目をしたのではないかと。寝ている間に出した可能性よりもそっちの方が俄然確率が高いことを自分で分かってしまうのが何だか情けない。ともすれば、この存在は全クルーに、そして、最終難関この船の長に――


コンコン_


「!!!」


ライは咄嗟にそれを隠した。乱れている髪を手櫛で直し、咳払いもして体勢を整える。相変わらず鼓動が煩い。


「――ライ、起きたか」


尋ねてきたのはベポか、ペンギンか。そう思っていたライの目に映るは、キャスケット帽。…そこに現れたのは、今まで自分を起こしに来た事など無い意外な人物だった。


*


「――で、オレはアシカにこっぴどく叱られましたとさ」


ちゃんちゃん。そう言ってシャチはマシンガンのように話していた口を閉じた。

モグモグとアザラシお手製のサンドイッチを頬張りながら、2人は甲板にて遠い水平線を眺め昨日の"反省会"を行っている。シャチは自分に何も聞かず、とりあえず昨日あった出来事を時系列で語ってくれた。自分の記憶が無い事などお見通しらしい。

この実の存在が船長もといクルー全員にバレてしまい、挙句の果てにシャチがミイラになる話まで口を滑らせたもんだからその後の雰囲気がえらいこっちゃになってしまった事。力が欲しいとこの実を食べる事を宣言し、船長に盾突き続けた事。そして、怒って食堂を出て行った事。
サッパリと無い記憶をシャチが詳しく脳に叩きこんでくれたのは良かったのだが…よろしくない事が多々あることにライは余計に頭が痛くなった。


「……シャチ、…その、ごめんなさい」

「謝るなよ…どっちにしろいつかはバレた話だろ」


船長とペンギンとアシカは朝早くから街に出かけ、まだ帰ってきていないらしい。こうして船長がいない間に全てを教える気遣いを見せてくれたのは、どこかシャチにも罪悪感があったからなのだろうか。
…それでも、悪いのは自分だ。シャチも悪魔の実の存在がどうして船長にバレたのかまでは知らないらしいが、皆と呑んでいる時でさえその存在に一切触れなかったらしいから、きっと1人になった時にでもそれをポケットから取り出したのだろうと思う。詰めが甘かったのだろう。…あぁ本当に自分、情けない。


「……船長、怒ってた?」

「怒ってたってより…なんだろうな、拒んでたって感じだな」

「…やっぱ、そう…なるよね」

「まぁ、なんだ、船長の気持ちも分かるが……けど、オレはお前の気持ちも嬉しかったぜ?」


足手纏いになりたくない。強くなりたい。仲間の為に、力が欲しい。船長の前で力説したとは自分でも驚きである。あんなに船長に反抗しまくる自分は初めて見たと、「悪魔の実がお前の気持ちを後押ししたんじゃねえか」とシャチは言った。
悪魔の実を手にしてから気持ちが大きくなったのは、自分でも確かだと思う。確かだけれど、船長に反抗までするなんて思いもよらない。街から帰ってきた後が恐ろしいことこの上ない。船長だけでなくアシカにさえも叱られそうで内心ビクビクしまくっていることこの上ない。


クァー


その時。拍子抜けするような声が上から降ってきた。刹那頭上を何かが舞い、足元に一瞬陰がかかる。何事かと見上げれば、ニュース・クーの姿があった。
「新聞だ」シャチがそう言ったので、ライは手を伸ばしてそれを受け取る。「金を持ってくる」とシャチはその場を去り、ニュース・クーと2人きりになった。


「…全部の船に配って周るの?」

「クァー」

「ごくろうさまやね」

「クァー」


何を言ってもクァーとしか返してもらえなかったが、落ち込んでいる自分を励ましてくれているのだろうか、なんて。なんだか会話をしているようで、ライの心は少しばかり癒された。

今まで新聞など見た事もなかったが、手元にあるならば見てみようかと広げる。細かい文字が並んでいるのは日本のそれと変わらなかったが、文字は全て英語だった。…この世界の人と言葉は通じるのに文字は英語なのかという事実にこの時初めて気付いたが、それどころではないので気にしない事とする。


「――あ、ライちゃん、おはよー」


そこへやってきた、セイウチとベポ。挨拶早々2人にも昨日の惨事を称賛されたが、全然嬉しくもなくライは苦笑いを向け「新聞来たよ」と言って話をあからさまに逸らす。
「手配書ある?」そう言って己の隣に腰掛けるセイウチ。距離が近いのはこの際どうでもいいが、どうやら彼等は新聞よりもそっちが目的のようである。挟み込んであった新聞よりも小さな紙何枚かを目もくれず渡し、ライはまた英字新聞とにらめっこを開始した。


「――お!オレの手配書あったか?!」

「ないよ、だ〜れも無い」


そこへシャチも加わり、己らに懸賞金が掛からないことを残念がる2人にそんなに手配書に載りたいのかと問えば、手配書に載る事こそが海賊の出世だと意気揚々と語られた。


「でも僕の顔が載って世界中にファンが増えたら困るよね?」

「…………え?ウチに聞いてる?」

「まぁライがこれに載る事は一生ねぇだろうな〜」

「ライちゃんこそ載っちゃダメでしょ、それこそ世界中にファンが――」


またセイウチがアホな事を言い出したと呆れながら大して読めもしない新聞を一つめくった時。ハラリと一枚、落ちた紙。風に乗ってそれは3人の足元へ落ち、ベポがそれを拾い上げる。


「…………載っちゃったぞ」

「「ん?」」

「?」


一つ遅れてその声に反応すれば、3人は食い入る様にベポの持っている手配書を見ている。ライの角度からそれは見えず、凝視しても透けて見えることはなかったが、


「…ヤバイ、これはヤバイ……オレの部屋に飾っていい?」

「ンな事言ってる場合かアホ!!!」

「お、おれ船長たちに知らせてくる!!」

「…?」


ドタドタと慌ただしくなる現況。この時既に否運の連鎖がまた一歩その先へ進んでいる事を、知る由も無く。
2人の背後に回って目にした写真に、ライは声を失うのであった。



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