「――おーどうしたライ!イメチェンか!!」


お風呂から上がり再び食堂へと出向けば、夕食をとっていた皆の目が己に釘付けになった。昼間の姿からガラリと形容を変えた新しい自分に湧く黄色い歓声に恥ずかしさを覚えるも、褒めてもらう分には悪い気はしない。
髪色はアッシュ(グレージュ)になり、今までに試した事の無い色だったのでそれもライの気分を上げてくれた。何だか別人になった気分…ってそうだ、自分はもう、"普通の人間"ではない。


「…実感何もないんやけど、ウチの能力…なんなんやろ?」

「一回刺してみるか?」

「え、恐ろしい事言うね、シャチ」

「…そのことだがライ――」

「――船長ーーー!!!」


お腹が空いたと、湯気立つスープをその口に運ぼうとした、その時だった。突如上がったクルーの声に、和やかだった食堂の空気がピリっと張り詰める。ただ事ではなさそうな大声に一体何事か、まさか敵襲…と、過去の悪夢が一瞬過ぎってバクバクと焦りだす心臓。


「なんだ」

「また"奴等"が現れました…!!船を囲まれています!進めません!」


また、という言葉に記憶がないライにとってそれは、確実に身の危険を報せる合図であった。能力者になって数時間、しかもまだ己の能力について何も分かっていないのに、いきなり敵襲なんてぶっつけ本番もいいところだ…と1人あたふたと思考を動かすも、皆に悟られないよう必死で堪える。
…しかし、そんな自分とは裏腹に船長は深く呆れた溜息を吐き、


「…おい、お前のせいだぞ。何とかしろ」


そう言って、己を睨むのであった。


*


「――え、何…これ」


何の心の準備も整っていないまま、船長と他数名と共に甲板に出たライの目に飛び込んできた黒い塊。薄暗い海の中に大量に浮かびユラユラと波とともに揺れるそれは、敵襲の船ではなく…海の生き物たち。
鯨に鯱、海豚といった哺乳類が大量にいて、こっちを見ている。こんなの水族館でも見たことなどなくて、なんとも珍しい光景にライはしばし固まってしまった。


「お前が溺れたのを助けたのはペンギンじゃねェ。…コイツ等だ」

「え?」

「大丈夫だと言いきかせたんだが…心配でまた来たってところか…」

「…え?どういう事ですか?」


「俺が知るかよ」そう言って船長は溜息をつく。「とりあえずどかせ、進めねェ」と、いたって普通に命令していますが…自分これっぽっちも状況をつかめていないんですが。


「恐らく…ライ、お前を"慕って"いるんだ。それが能力と関係あるかは分からないが」


ペンギン曰く、彼が海に飛び込んで直後それらが海底から姿を現したという。自分はそれらの背に乗せられ救われて、水上に顔をだすなり"嬉しそうに"喚いていた、と。
…イマイチよく分からないけれど、甲板から顔をひょっこり覗かせれば、それらが待ってましたと言わんばかりにバシャバシャとはしゃぎ始めた。…この光景は見たことがあるぞ。水族館で飼育員さんに餌をねだる時だ。…か、かわいい。なんだこの光景。夢でも見ているのかしら。

動物好きとしてはずっと眺めていたいところだが…後ろからの圧が怖いので、とりあえずどいて頂くことにしよう。


「えーっと…助けてくれてありがとう。ウチは大丈夫だから…その、道を開けてもらえますか?」


そうたどたどしく言えば、鯱や海豚はキューキューと鳴き声を上げて海の中へと帰っていく。…やばい、これは、やばい。かわいい。それに言葉が通じた。海の生き物と意思疎通が図れるとは。感無量である。


「…一体なんの能力なんだ?」

「さぁ…でもライちゃん嬉しそうだから何でもいいや」


バイバイ、と手を振ってそれらを見送るライの顔には既に笑顔が咲いていて、能力とかそんな事どうでもよさそうだった。
そうして感極まったままライは"同名"の彼の腕をバシバシと叩く。


「動物と意思疎通はかれるなんて夢みたい…!」

「お、おう、それはよかったなライ、痛えよ」

「ウチ鯱が一番好きなんよ!!」

「「え?」」

「は?」

「…え?」


ポカンと口を開けて止まる一同。…あれ、私何か変な事言いましたでしょうか。


「ライちゃん…シャチが好きだったの……」

「え?うん、鯱ってなんかカッコいいやん」

「おいどうしたお前…いきなりそんな告白、」

「?え?…あれ、同じ名前のシャチやん?」


泳いで遠ざかっていく白と黒の巨大な生物に向けて指をさす。同姓同名のシャチ、こんなところでコラボレートするなんて。
ハートの海賊団は海の生き物に因んだ名前が多い。皆もそれは了知していると思っていたのに…何故か皆の反応は自分の思ったところよりも斜め上にあって、ライだけがその状況に一人取り残されていて。


「……ライ、あれは"シャチ"じゃない。"キラーウェル"だ」

「…キラーウェ、…え?そうなん?…シャチちがうん?!」

「おまっ、…えー!オレすげードキドキしちゃったんですけど!!」


そうしてペンギンはさっきまでこの船を囲んでいた生物の"正式名"を教えてくれた。イルカはドルフ、クジラはホエルというらしい。…何で陸上の生物ウマやヒツジはそのままで海の生物だけ名が異なるんだ…と思ったが、この一味ではその方がややこしくならないからまぁいいかとあまり深く掘り下げない事にした。


「え?じゃあ"セイウチ"もいるの?」

「あのー牙のある髭の生えた大きいやつ?」

「そうそう、それは好き?」

「え?う、うん、まぁ…普通」


とにかく道は開いたので、「続きは中で話せ」そう言ってペンギンは話を折り、一つ深く溜息を吐く。
…その溜息に今の会話がただの勘違いでよかったという究極の安堵の意味が含まれている事は、誰も気が付かないのであった。



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