翌日。ライは朝早くからペンギンと二人で買い物に出かけていた。


「――え〜、どれにしようかな…」


変装。それは別人にみせかけるために風貌や服装などを変えることを意味する。

流石に整形は出来ないが、その顔にも変化も加えた方がいいと船長は言った。まぁ…言い方はもっと酷くて「顔も平べったいままじゃ意味が無いから化粧もしろ」だったが、確かにこの世界に来たときからすっぴんのままで過ごしていたので化粧をした自分の顔は誰も知らない。…って、そんなにバッチリメイクを施すタイプではないが、濃ければ濃いほどバレる確率も減るだろう。

そして、服装。今後一切普通の服は着るなと命令された。手配書の写真の服がそうだったからだ。そういうところは全く抜け目の無い船長、さすが船長、である。よって、これからは皆とお揃いのツナギを着る事となった。ダボダボではあれなので新調して頂けるらしい。ライは大層喜んだ。
ちなみに顔を少しでも隠す為の帽子はアシカにキャップを借りて被っている。言わずもがなセイウチに「俺のバンダナ着けて」と言われたがそれは船長から直々に却下を頂いたので免れた。…いや、別に嫌ではないんだけれども。

そうして不足品―化粧品と帽子を買い足しに、ペンギンと二人で街にいる、なうである。




「――どお?」


色んな帽子を被っては振り返り、はにかむ彼女を見るのはこれで何度目だろう。いやしかし、全く嫌な気はしない。どれでもいいとか早くしろよ女の買い物はどうしてこうも長いのかなんて、大概の男が思いそうなことなど微塵も思っていない。

寧ろ今俺は、楽しくて仕方がない。

何故船長が自分を指名したのかは分からないが、指名してくれてありがとうと言いたいところだ。…が、それではセイウチに成り下がってしまうので死んでも言わない。まぁ…大概自分がお目付け役であるからだろうと勝手に思っているが。


「ライ…どれも似合ってるが……ツバ付でないと船長に怒られるんじゃないか」


街に出向いてどれくらいの時間が経っただろうか。既に購入した化粧品なんて興味もなければ知らないものばかりだったが、ライと買い物をしているという事実だけでペンギンは満足だった。
散策目的で島に二人きりで降りたのはこれで二回目だが、一回目は即海賊と遭遇しライが取り乱してしまったので実質これが初めてと言っても過言ではない。しかもこんなに平和にのんびりと彼女の買い物に付き合うなんて…あ、いや彼女というのは誤解であって只の代名詞で…ってそれは皆さん既知か。


「…う〜ん、じゃあこれでいっか」


そうしてライは紺色に、オレンジ色のクマかネコか何だか分からないシルエットの入ったキャップを購入した。何だか自分とお揃いの色を買ってくれたみたいで顔が緩む。…いかん、ダメだ。気を引き締めろ俺。


「これで一通りは買えたかな?」

「じゃあ、帰るか」


そうして歩き出して刹那、「持つよ」と言って今し方買ったキャップの入った袋をライの手からそっと奪う。ライは「ありがとう」と照れ臭そうに言って、自分の後をちょこちょことついてくる。

彼女の必要なものばかりを揃える買い物に付き合うということ。「あれも欲しい」だとか「あれ可愛いね」だとか「ペンギンは何色が好き?」だとか。会話の内容がどれもこれも自分の中にあった現実を逸脱したものばかりで、ペンギンの脳内にはあるフレーズしか思い浮かんでいない。…これはそう、所謂その、あれだ。

そう、デート、デートだ。

どっからどう見てもデートにしか見えない。しかも服装はお揃いときた。これはもう、周りから見れば一目瞭然。


「わ、あれ美味しそう」


恋人同士にしか、見えない。


「食べるか?」

「え?いいの?」


ほらまた、そうやって嬉しそうに返事をするもんだから、思わず笑みが零れてしまう。


――生きていて、よかった

隣で元気にはしゃぐ彼女を見て、ペンギンは心からそう思った。"この実はライが食うためにある"という船長の仮説に何の根拠もなかったし本当に一か八かだったけれど、態度にこそ出さなかったが酷く安心したし、こうしてまた彼女の隣を歩ける事が、その顔にいつもの笑顔が戻った事がペンギンは何より嬉しくて。


「え?」

「ん?…あ、いや、……ミイラにならなくて、よかったな、って」


…声に出てしまっていたようだ。危ない危ない。ペンギンは内心パンチを一発かまして咳払いをする。


「何かさ、全然死ぬ気しなかったんだよね。船長の言っていたとおり――」


ずっと待ってたんだよ


ふと、ライの頭を過ぎった言葉。…いつ、聞いたんだっけ。誰に、聞いたんだっけ。
でも、思い出せない。それほど遠い記憶では無い気がするのに。


「…?どうした?」

「!え、あ、ううん、何でもない。…お金余っちゃった、どうしよう?」

「取っといたらどうだ?小遣いなんて滅多に貰えないだろ――」




「――この子、この町で見た気がするんだ、俺」

「!」


その時。ペンギンはピクリとその声に反応し、ライもそれに気付いて同じ方向へと目を向ける。少し離れた場所で、紙を覗き込む男性が2人。海賊ではない、一般人だ。
チラリと見えたそれは、紛れもなくライの写真が載っている手配書だった。あの店主が朝一持ってくるくらいだ、この島全体にその噂が広まっていてもおかしくはないだろう。


「この島にはもう…いられないね」


一瞬で現実に引き戻された気がした。今自分たちはデートをしているのではないのだと。ライはこれから本当の"海賊"になる―その事前準備の為の買出しをしているんだって。俺達は、海賊。あくまで、海賊。
…そして、ハートの海賊団の、仲間だ。


「あぁ…行こう、ライ」


そう言い聞かせながら、ペンギンはそそくさとその場を後にした。



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