「――化粧一つでこんなに変わるんだな」


食堂にて。久しぶりの化粧が何だか嬉しくて早速メイクを施していると、両隣で頬杖をついて己の顔をじーっと見続ける某コンビ。…気まずい。こんなに人に見られながら化粧をするのは初めての体験である。
「器用だなー」何かをするたびにいちいち歓声をあげる2人は何だか子供みたいだ。女と付き合う…という事をしていないからだろうか、全てが物珍しいようで、これは何これは何と聞いてくる。…いや、ちょっと、気が散る。

そうしてふと、思い出す午前中の事。思い出すだけで口元が緩む。ライもかなり楽しんでいたからだ。
あぁやって誰かと2人きりで買い物をすることなんて今までになくて、自分の買い物に彼が付き合ってくれているという事実に…あ、いや別に彼ってそういう意味ではなくて付き合うって言うのは言葉の綾であって…って皆さんそれは既知か。


「女って怖ぇ」


軽い荷物でも全てペンギンが持ってくれて、何にでもおいてエスコートもしてくれて。そう、あれは所謂、あれだ。そう、デート。デートをしている気分だった。こんな日が続けば良いなと、その時は素直にそう思ってしまった。


「あどけないライちゃんも良かったけどね」


…しかし、そんな思考は、すぐに現実に引き戻された。――己の手配書を見る、男2人組によって。


「大人の色気ってやつがお前にもあったんだなー」

「ね、こっちも俄然いいよ。好き」


あぁ、煩い。またサラリとそういう事を言う。引き戻された現実を、今のこの状況とその発言を恨むようにライはツッコミを入れるつもりで、バシッとセイウチの肩を軽く叩いた、


バシャッ_!!


「「!?!?」」


つもりだった。


「え?何…?ごめんセイウチ!」

「…おい…それってまさか、」

「ライちゃんがし○吹いた!!」

「ちゃうわ!!」


セイウチの左腕はずぶ濡れ、ポタポタと肩から落ちる雫は、水、水だ。ライがセイウチの肩を叩いた途端、大量の水が彼にかかったのである。
"水分"などテーブルの周りにもどこにもなくて、…じゃあこれがどっから出て来たのか、なんて。


「オレ船長呼んでくる――!!」


シャチが食堂を慌てて飛び出していく。濡れたセイウチに悪いと思い「タオル持って来るね」と言ってライもその場を去ろうとしたが、それは何故かセイウチに引き止められてしまった。


*


船長室にて男2人、ペンギンとローが今後の航路について話していた時、それはノックも無しにやってきた。


「船長!!大変だ!ライから水が出た!!」

「…?何?」

「鼻水?汚ねェなアイツ――」

「違う!!水!みーず!!」


そこ聞き間違えるか普通。と思いながらも、シャチの言っている意味がペンギンはよく理解できなかったのだが、「とにかく来てくれ」というシャチの慌て様に船長と共にその場所へと向かった…のだが。


「「――……」」


食堂。そこは飯を食べる場所であって、水遊びをする場所ではない。なのに床は水浸し、そしてワーキャーとはしゃぐ阿呆が2人とそれを見て楽しそうな女が1人。


「何これ、おもしろい!」

「わ!ライちゃんも〜僕びしょびしょじゃんか〜」

「あ、キャプテン!」

「「え?」」


そこでようやくベポが声を上げ、セイウチとライがこちらを向く。しまった、という顔をする2人は悪戯の見つかったワルガキのようだ。

…しかし、ペンギンの思考は既にその場にはない。
ライの顔がいつもと違う。いつもより格段に可愛―いや、綺麗になっている。午前中に購入した化粧品で早速化粧をしたのか。するならするって言ってくれよ心の準備が…って、違う。今はそんな事思っている場合ではない。


「船長〜見て見て、これがライちゃんの能力っぽいよ」


誤魔化すようにセイウチがそう言えば、「えい」と言ってライは指先を振り翳す。ベポに向けられたそれから出た透明な液体が宙を舞い、白い頭へと落下して弾け飛び、その被毛をベッタリと濡らした。…「冷たい」と言いつつも嬉しそうなシロクマは、とりあえず放っておくことにする。


「…水?……ロギア系か?」

「その線が濃厚だな。…アイツ、化粧したのか」

「あ、あぁ…そうみたいだな」


実を食べて2日目。ようやくその能力は、日の目を浴びた。ライは余程嬉しいのか練習しているのか定かではないが、ベポに向かって水を放ち続けている。
ローがその光景(水浸しの光景)を見ても怒らないので、余程その能力に興味を持っているのか、はたまた化粧をしたライに何か思うところがあるのかとペンギンは考えていた…が、


「ライ、"研究"は後にしろ。とりあえず床を拭け、お前ら」


やはり怒っていたようだ。「何でここで試し続けるんだよ」と言って去るローをペンギンは追う。


「……ロギア系…鍛えれば相当手強くなりそうだな」

「あぁ。…だが、まだ何か府に落ちねェ」

「?」


悪魔の実を食べた者がミイラになるという話は、これで謎が解明した。水分が抜けて乾燥するのだから、その実自体が水の能力を持っていても何らおかしくはない、寧ろその方が合点がいく。
しかし、"水"の能力だけであんなに海洋生物が寄ってくるのだろうかとローは思う。確かに"水"が無ければ彼等は生きていけないが、それだけの理由では納得がいきそうにない。


「ククッ…面白くなってきたな」


あれはただの"水"ではない。ローはそう、確信していた。



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