その後船長はクルーを解散させ、ペンギンとライのみをその場に残し、レイリーに全てを話した。
自分がこの世界の者ではないこと。自身が身に付けている指輪が狙われていること。黒幕にカイドウがいること。


「…あの婦女誘拐事件の真相がここにあったとは…」

「あぁ、そうだ。俺たちが"犯人"をシめて聞き出した。…"運悪く"その結果が、あの手配書に繋がったってワケだ」


レイリーも新聞の端っこにあった小さな記事―婦女誘拐事件を知っていたようで、話の流れは些かスムーズだった。
全てを興味深そうに聞きながら、時折どこか考えるような表情をする。

船長が全てを打ち明けたことに何の遺憾もない。ただ、会話の内容から、コーティングの為だけにこの情報を開示したのではないとライは思い始めている。きっとそこに、この海を制覇した者しか知りえない情報があるのではないかと船長は考えたのだろう。シャッキーも然り、彼は情報通だから。


「…その指輪に、何か"強大な力"が眠っているのかもしれん」

「そうは見えねェんだがな。…ただハッキリしていることは、奴等の狙いは指輪だけじゃねェってことだ」


軽快に交換されてきた情報に、ここで一つ間が開いた。レイリーのコップの水が空になりそうだったのでライは静かにキッチンの方へと向かう。
レイリーの表情は考えるようなものから、何かを思い出すようなものに変わっていた。イスの背もたれに預けていた身をスッと起こし、テーブルの上で手を組み、少し前屈みへと姿勢を変える。


「…一つ、思い出したことがある」

「?」

「……ライ、君の元いた世界はどんなところだ?」


丁度ピッチャーを持ってレイリーの元へ進んでいた時。船長の方ばかり向いていた顔が自分の方へ、そして質問を投げられたことに驚いて足を止めた。
答えていいものかわからず船長へ視線を向ければ「話せ」と一言命を頂いたので、ライは再び足を進め、レイリーの前へと立つ。


「地球という惑星にある…ニホンという国から来ました」

「…"ニホン"、か…」

「知っているのか」

「……いや、正確に言えば知らない。…そのような事をロジャーから聞いたような記憶がある」

「「…!!」」


それはそれは、大分遡って昔のこと。突然、ただの世間話のように、ロジャーの口から発せられた言葉。その時は双方酔っていたし、ロジャーも大分ほら吹きなところがあった為、あまり気に留めていなかった、レイリーの記憶の中――


「海で漂流していた一人の男を助けたそうだ。その男が…確か"ニホンという国から来た"と言っていたと」

「…それでその男は、」

「いや、分からない。その時はそんな未知の国がこの世界にあるのかと思ったくらいだ…あの時もう少し深く掘り下げておけば――」


それでも、十分すぎる情報だった。ライがこの世界に来た"経緯"は分からないにしろ、世界のどこかにニホンに繋がる道があるということになる。もしかしたら、他にも複数いるのかもしれない。…ライのように、突然他世界へ投げ出されている者達が。


「…それとこれとが関係あるかは分からないが…未知なる国ならこの世界に一つ、存在している」

「?」

「――"カナロア"。聞いたことはあるだろう?」


空に浮いているような島を模った絵が、脳内に思い起こされた。あれはそう、幾度となく興味を抱いたこの世界のミステリー。


「"女神"だと云う説もあるが、…実際は"空島"だというのが有力だ。未だかつて誰も足を踏み入れたことのない、未開の地…行き方すらも分からない」

「…それが"ニホン"だという可能性があると?」

「……ライ、どうなんだよ」


船長にそう振られ、ライは腕を組むようにピッチャーを胸の前で抱きしめる。
少し、考えてみる。全てが突拍子も根拠もない話だが、分かりませんで済ませられる話ではない。地球やニホンについて知っているのは自分だけなのだから。


「……地球は惑星なので…こう、丸いというか、球体です。この世界と一緒です。…空島のように浮いているとしても、大きさからして目視出来ないのは…おかしいと思うんですが、」


いわば、この世界でも良く見る太陽や月のようなものだ。この世界から月までの距離がどれほどあるかは分からないけれど、自分の目に映るそれは地球で見ていた頃のものと変わらない。月は地球の大きさの4分の1程度と云われているのだから、月の4倍もの大きさのものが空に浮いているとなれば一目で分かるだろう。

動物や人間のような生命体の生息する惑星は、地球だけだと教えられてきた。飛行機に乗れば海外にだって行ける。ライは"海を渡った"事はないけれど、テレビや雑誌で幾度となく見ている。
…だから、そんな事ありえない。そう思いたいのに、実際自分が他世界に飛んでいる事実を鑑みれば、絶対とは言い切れない自分がそこにはいた。


「……そうか。なら、カナロアの線は無かったことにしよう。…下手に結び付けこじつけて考えるのはよくない」

「…その通りだな」

「この問題は想像以上に根深いようだ…私も出来る限りの情報を集めよう。…君たちも十分CPには気を付けてくれ」

「あァ、忠告感謝する」


結局振出しに戻ってしまったが、それでも、ニホンジンが一人この世界にいたという事実。それはどこか自分に希望を持たせてくれた気がした。
冥王という心強い味方が出来たことも一種の収穫だ。あの時迷子になって良かっただなんて…船長の前では言えそうにもないけれど。


「…船のコーティングには一日かかる。明日預かっても支障はないかな」

「あァ、構わねェ。恩に着る」


「では、私は行くとしよう」レイリーが立ち上がる。ライはピッチャーを抱えたまま、去り行く偉大な背を追った。



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