「――あの、わざわざありがとうございました」


ピッチャーを抱きかかえたまま船を下り、数歩後を着いて行ったライはマングローブの手前、振り返ったレイリーに深くお辞儀をした。


「あぁ、構わない。偶然か運命か…会えてよかった」


では、また明日。レイリーは柔らかく笑みを零し、背を向けて歩き出す。
マングローブの中に消えていく姿を見えなくなるまで見送った。今更ながらこの世界の偉大なお方―冥王に気にかけてもらえた事を光栄に思う。きっと他の海賊からしたら羨ましいことこの上ないだろう。
それに、彼と話せて自分の世界の情報ついて前進出来たことも大きい。たった1歩―いや、それに満たないほどの歩みかもしれないが、それでもこの世界の者から"ニホン"というワードが出た事はかなり有力であり"期待"が持てる。指輪については進展がないとばかり思っていたが、水面下でそれらが着実に動きを見せているのが分かっただけでも有り難いことだ。

この2ヶ月になかった事がたった一日で起こるなんて思ってもいなくて、今尚緊張感に浸り続ける心。
気を取り直すように一つ意気込んだ呼吸をし、ライはゆっくり船へと戻った。




「――おいライ!!何だ何だ何がどうなってああなった!?」


いつも通りの空気を取り戻した船内は、それでも冥王に会ったという事実からかかなりざわついていた。幸運児だのサイン貰っとけばよかっただの、挙句の果てには"冥王の座ったイス"と書いた紙をその背もたれに貼りだすだの、緊張から解放された反動からか、かなりクルー達は興奮している。


「大方迷子になったところに偶然冥王が通りかかったってとこか?」


しかし、シャチが折角貼った"冥王の座ったイス"という紙を船長があっけなく引っぺがしたところで彼等は大人しくなった。…まぁ、確かにその場所は船長の特等席。そんな恥ずかしいもの彼が貼っておくはずが無い。

ライはレイリー会った経緯を詳しく話し、シャッキーのことも話した。勿論、その間にある天竜人の話とキッドの話はしていない。
キッドの事は口裏合わせをしていないが、ベポは何も付け加えては来ず、ただうんうんと頷いて己の話を聞いていた。お察しして頂いて感謝である。


「…だが、どうする船長。CPとなるとかなり厄介な事になるぞ」

「元々この島にはコーティングの為に寄ったんだ…明日にはそれも終わる。この島にもう用はねェ」

「ラスト一日、何事も起こらない事を祈るだけか…」

「ライ、お前はもう島をうろつくな。冥王やその女が一目で気付くくらいだ…CPにも一発でバレる可能性はある。…明日は冥王と共にここにいろ」

「……、わかりました」


お留守番の命令が下るなんて思ってもいなかったライは、それでも反抗もせずすんなりと了解の意を示した。
事件と迷子の連続で結局昼間もろくに散策出来ず仕舞いだったから、明日をまたと楽しみにしていたのは言うまでもない。かなりの距離を歩いた(走った)中でもCPの姿を確認していないから、もしかしたらいない可能性の方が高いのかもしれないが、だから大丈夫なんてそうお気楽な思考を船長が持つはずが無い事も分かっている。相手はCP、わざわざ危険に晒されにいくような真似をするくらいなら籠の中で安全に過ごす方がいいに決まっている。こればっかりは仕方が無い。

あからさまにテンションの下がったライに「お土産買って来てやるから」とまるで子供を諭すように言うシャチは馬鹿にしているのか優しさを見せているのかはたまたその両方か。そこへセイウチがやってきてまた何か余計な事を言いに来たと思ったライは警戒気味に視線を投げたが、


「ライちゃんそれどうしたの?」


セイウチの指差す方は自分も気に留めていなかった所だった。


「え、あ…これ、あのー。…木の枝にひっかかって、」


いきなりのそれに、たどたどしくも咄嗟に嘘を吐く。
ライのツナギは未だ誰かのおさがりで、言わずもがなダボダボで、常に裾を折って長さを調節している。今日もいつもと同じように折り曲げていたが、先の天竜人事件の際に裾をビリビリに破った為いつも以上に折り曲げる位置が上がってしまい、且つ走った結果、裾の解れがその折り目からはみ出してしまっていたようだ。…まさかそんな所に目をつけられるなんて思っていなくて、流石セイウチ…と言いたい所だが自分の事チェックしすぎじゃないのかこの男。ちょっと、いや大分恐怖。


「ボロボロになってしもたから、破っちゃった」

「そういやお前の服、新調するの忘れてたわ」

「!忘れ…随分時間かかってるなとは思ってたけど、」

「まだ作ってないなら一つ要望!」

「却下」

「…まだ何も言ってないじゃんかぁ」

「セイウチの考えてることくらい分かる!」

「…以心伝心だね、嬉しいなぁ」

「「…………」」


いつも通りな会話へと変わったそれを聞いていたペンギンも、自然とライの足元へ目を向けていた。
確かに言われてみればいつもよりも丈が短いし裾は不自然に破られているのが分かるが、"木の枝にひっかかった"というその答えにペンギンは妙にひっかかった。しかし、敢えて深追いするような事はしない。怪我無く、何か事件に巻き込まれていなかったのならそれで良いと単に思ったからで、それよりも今はCPの動向が気になるところで。
この2カ月平和ボケしすぎていたかと、気を引き締め直すきっかけとなったこの出会いに少しばかり感謝をしながら、新世界では今まで通り島に降りる際には船長か自分かアシカ…もしくは3人以上ライに付く必要があるかと、ただそんな事を考えていた。



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