ダンッ!!

パァンッ_!!


「…っ!!」


中から聞こえてくるそれは想像以上だった。物が壊れる音、銃声、床に響く靴音、怒声。戦っていると容易に分かるも、音までがとても遠く感じた。
自分がこの船に乗ってから一度もこうした奇襲を受けたことはない。だから、海上や陸地で交戦する時とは異なる情調に襲われていた。それでも、足は竦むことなく走り続ける。
どこで戦っている。どこから聞こえる。急げ、早く助けに、


「――アシカさん!!」

「っ、…来るな!逃げろ!!!」

「っ、え…!?」


張り上げた声に返ってきたそれに、疑問と反論の声を上げようとした時。角を曲がって食堂の中、二人組の男がアシカに襲い掛かっているのを目撃する。中は既にめちゃくちゃだった。恐らく狭い廊下よりも広い場所を求めてここに移動したのだと思われる。
肩で息をするアシカと、平然と立っている男二人。3の実力者といわれているアシカ、その白いツナギが所々赤に染まっているのに気づく。
そうして駆け寄ろうとして刹那、ライに気付いた一人が此方へ向いた。目が合う。知らない顔だった。その格好はいつも見るような海賊風ではない。それに、相当な強者だというのは直感で分かった。…もしやこれらがCPかとライの脳内が警鐘を鳴らし始める。

危惧するのはそれだけではない。動かせる視線の範囲に他には誰も映らない。敵は3人の筈、もう一人は、どこへ――?


「…おい、そこのチビ」

「!」


ゆっくりと此方へと近づいてくるその男。アシカが止めようとするのをもう一人の男が邪魔をし、二人の攻防が再開する。ガシャン、ガシャンと椅子や机が破壊される音が鼓膜に響く。
「逃げろ」と何度も声を上げるアシカ。それでもライはそうしなかった。逃げてはいけない。負傷しているアシカを置いていくことも、そしてこれ以上船の中をめちゃくちゃにされるのは困る。一応お留守番を任された身、お留守番=船番、船を守るのが仕事だ。そう、お前ら何やってたんだよって船長に怒られる事だけは嫌なのだ。

近づいてくる男が左手をポケットへと忍ばせる。ライは咄嗟に構えるも、それが握り出したのは銃でも凶器でも何でもなかった。


「"このお方"をどこへ隠した?」


掲げられたのは、一枚の紙。四つ折りにされていたそれがハラリと重力に従って開かれる。…そうして露わになった紙面、男の右手が指差す大体的に描かれたそれは、

――紛れもなく、自分の顔


「…っ、!!」


サァ、と血の気が引いた。それは波のように舞い戻って、ブワリと身体が一気に熱を持った。
何故、ここにいることがバレたのか。いや、闇雲に探しているだけか海賊船を狙って一つ一つ潰していく作戦なのか。…分からない、それらの目的が定かでないのに、酷く動揺して身体が動かない。ドクリ、ドクリと鼓動だけが焦る。


「どこだ、言え!!」

「っ早く逃げろ!!!」


パァン_!!


呆然と立ち尽くす自分の姿を見て、油断していると、そう思ったのだろう。銃の引き金を引いたのは目の前の男ではなく、アシカを足止めしていた男。その弾丸は目の前の男の横を通って己の顔面に当たり、


バシャッ_!!


血ではなく水が、弾け散った。


「!チッ…能力者か…!!」


掲げていた手配書を放り出し、ジャケットの後ろ、腰からサバイバルナイフを取り出した男はすかさず己に飛び掛ってきた。


「"sturzfult"!!」


ライが指先から放ち続ける鋭く尖った水を避けながら距離を詰め、ナイフを何度も突き付けてくる男。鋭利な物など刺さっても痛くもかゆくもないのだが、反射的に避けてしまうのは元一般人としての名残か。
…しかし、男の真の攻撃は―鋭利な物よりも手強いものだった。


「っふ、甘いわ!!」


男のナイフを左に避けた反動で身体が傾き、その一瞬を狙って死角になっていた右下から男の膝が飛んできて、


「っ!?」


ドォォン_!!


軽々とふっとんだライの身体は、壁に叩きつけられペチャリと落下し動かなくなった。


「っおい!!!」


アシカはその光景が信じられなかった。ライには打撃が利かない。ロギア系は悪魔の実の中でも最強の能力の部類であり、自然に"還る"力のお陰で物理攻撃は無効化される。なのに、その男のたった一発の膝蹴りが利いたという事は、


「クソッ…覇気の使い手か!!」

「余所見とはいい度胸だな!!」


ドォン_!!


「…っ、アシカ、さん…!」


一瞬、記憶が飛んだ気がした。先ほどまで映っていた男の姿はそこになくて、目の前を横切ったのは吹っ飛ばされゆくアシカの身体。自分も飛ばされた身だと気付いたのはその次。全身がビリビリと痛む。骨は無事だが、これほどまでに身体に痛みを受けたことはない。
「しっかりしろ!!」自分も大変な状況なのに、己を心配するアシカの叫ぶ声が続く。


「吐いた方が身の為だぞ?…ここにいることは分かっているんだ」

「……!」


何故分かっているのかが、分からない。しかし、目の前で戦っている張本人がそれだと気づかれていないことが幸いか。

今までこうして面と向かって"本格的"に敵と戦ったことなどない。避けてきた。ずっと、そう…ずっと避けてきた。サポート役として、特殊攻撃ばかりで敵を足止めするのが己の役目でいいんだって、言い聞かせて。
…変わっていない。覚悟が足りないのではない。覚悟を、していなかった。追われるということは、自らの命を懸けて戦わなければいけないという事。

もう、逃げてはいけない。



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