「え?…ちょ、待って、」


帰るって、一体どこに。そう父の背に疑問を投げかける前に、それは父の前に立ちはだかっていた。


「…待てよ。俺の仲間をどこへ連れて行く気だ」

「……この子が住んでいた国へ、だ。…帰るのは当然だろう?」

「…何の説明も無しに…見つけたら即刻連れて帰り何事も無かったことにするってか?」

「そうだ。事は一刻を争う」
 
「…そうじゃねェだろ。説明する義務がお前にはあるって言ってんだ」


船長の言葉に同意を示すように、後ろにいるクルー達の顔色がキツく変わった。
確かに、父の言い分は理不尽すぎる。かくれんぼじゃあるまいし、見つけたら終わり、このままはいさようならなんて、酷すぎる。そんな事絶対に出来ない。このままニホンになんて帰れない…絶対に。
ドクリ、ドクリ。鼓動を飲むようにゴクリとライは喉を動かす。


「一体何を説明しろと言うのだ…この子を連れて帰る理由か?」

「何も知らないままに突然この世界にやってきて、海賊に襲われていたところを俺達が救ってやったんだぜ?」

「そうか、感謝する」

「右も左もわからねェ"赤ん坊"をここまで大切に預かり育ててきてやった見返りがこれか?」

「あぁ、深く感謝しよう」

「……てめェ、ふざけんのも大概にしろよ」

「……随分と口悪く育ったようだな、ローよ」

「…誰かさんに捨てられたせいじゃねェか?」

「……?」


しかし、父と船長の顔を交互に見ながら聞くことしかできなかった会話の節々に、…沸々と現実味を増すある疑惑があることに、ライは気づいていないわけではなかった。


「…どういう、こと?」


最初から―そう、船長が父に向かって行った時から、どこか違和感をずっと感じとっていた。冒頭から双方の言葉に"この二人は初対面ではないのではないか"という非現実的な憶測はずつと絡まっていて、でも、そんな事絶対にあり得ないから、混乱に乗じてリセットするつもりだった。船長は冥王に対しても挑発的だったから、だからそういった会話が成り立ってもなんら不自然ではないんだって、


「…全部、説明してよ」


そう、思い込みたかったのに。


「……」


父は答えない。


「…………何も知らんと思ってるんやろ」

「…っ!?」


埒があかないと思い、ライは一つの行動に出る。緩まない父の手から抜け出す唯一の手段を自分は修得している。己がその手を取られたままでは、この形勢はずっと変わらない。

ライは全身を水に変え、流れ渡り船長の後ろへ―ハートの海賊団の元へと存在を還した。
スッと、それはまるで持っていた物が消えてなくなるような感覚に、何が起こったのか分かっていないのだろう。父は唖然とした顔で、目線の先に瞬で現れた己を凝視する。


「…ライ、」

「ただ単に、この世界でのうのうと生きてきただけやと思ってんの?」


こっちに来てまだ日が浅かったならば、その手を振りほどかなかったかもしれない。
しかし、何も分からぬままにこの世界に来、たくさんの事を経験し、挫折し、懸命に生きる努力を重ねてきた。ハートの海賊団の一味として、仲間として、新世界にいる強敵に立ち向かう為、海賊として生まれ変わり、能力を手にし、力をつけた。その努力と覚悟をあっけなく葬り無かったことにするなんて、そんなの父親でも許されないし許せるはずも無い。

それに、


「……この指輪、何か秘密があるんやろ?」


シュル、と静かに、ライの首元から現れたそれ。父の目が、部下二人の目が見開かれる。


「…事は一刻を争うと言ったな。指輪が狙われていることを知り…焦って取り戻しにきたってとこか?」


全てには必ず、理由がある。自分がこの世界にきたことも、この指輪が狙われるのにも、…ここに父が現れたことにも。
そして、我々には知る権利がある。世界の機密に触れてしまったのだ、もう後戻りは出来ない。


「…………いや、正確に言えばそうではない」


父は腹をくくったのか、淡々と経緯を話し始めた。



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