いつも通り仕事に出向き、いつも通りの業務をこなしていた時。携帯が鳴った。ライの勤めている職場の上司からだった。
「娘さんが出勤してこない」と。
何かあったのか事件に巻き込まれたのかと、今までに無い焦燥を抱えながら携帯を耳に当て続け、アサトは急いで家に戻った。鳴り続けるコール音に終わりはなかった。
玄関の鍵を開け一番に確認したのは靴。それがあったので家から出ていないのだと確信しライの部屋に飛び込んだが、漁られた形跡等は無いものの当の本人の姿がどこにもない。携帯はベッドの上に置きっぱなしだった。
家の中隅々まで探したが、キッチンには自分が用意した朝ごはんが手を付けてないまま置いてあり、自分が朝出て行った時のままの風景がそこにあることに、…アサトに別の焦燥が生まれ始める。
「指輪を持った娘が姿を消し……まさかと思いこっちに戻ってきた」
神隠しを信じているわけでもないが、だからといって誘拐等の事件性は微塵も感じなかった。
それに根拠など無い。ただ直感的に、アサトはそう思った。
「…そこで初めてライが、"指名手配"されているのを知ったのだ」
そうして"部下"二人を連れ、娘の姿を探し回った。ライの写真片手にいくつもの島を渡ったが、足取りも手掛かりも何も見つからないまま幾日も過ぎた、――ある日。ある町で、その手配書を見つけた。懸賞金の額も"ONLY ALIVE"の条件も何故こんなことになっているのかサッパリ見当がつかなくて、ただ単に"他世界から来た女"として貴重な被検体だからかと推測することしか出来なかった。この指輪のことをこの世界の者が知っている筈など無いから、指輪が狙われている確信はしていなかったと父は言う。
「…………」
やはりこの指輪には特殊な何かがあるのだと判然するも、…ライはその話の最中、あるワードに引っかかっていた。
「…"こっちに戻ってきた"って…どういう、意味?」
まるでこの世界の存在を最初から知っていたかのような、まるでこの世界にも自分の存在があるかのような、その言葉。
さっきだってそう、確かに父は船長の"存在"を知っていても可笑しくは無い。あの漫画を父も読んでいたことは自分が一番良く知っている。…しかし、どうしても腑に落ちないのだ。自分の父親があの場で初めて船長の名を呼んだ時の彼の―ロー自身の反応が。
「……父さんはな…こっち世界の人間なんや」
「…、え?」
ドクリ。大きく波打った鼓動が細胞を蝕んでいく感覚に、ズキンとアバラが疼き痛んだ。
全ての説明を望んだのに、この短時間で生まれた懐疑を超える現実を突きつけられる衝撃の大きさに思考回路が遮断される。
「……ライがこの世界の人間で無い事は血液が証明している。…"ニホン"の女と駆け落ちして出来たのがライってことか?」
だから、父の返事に戸惑っている隙に船長から上がった唐突な質問の意味は分からなかった。…いや、意味は分かる。分かるけれど、何故船長が威圧的にそれを問い答えを貰おうとしているのかが、読めない。
「…どうなんだよ?」
「……」
「それを知る権利は、俺にもあるはずだろ」
何を、言っているのか。船長は何を父に問い質したいのか。船長と父は一体、どんな関係にあるというのか。
一歩後ろにいる自分からは船長が今どんな顔をしているのか拝めない。早さを増す心臓の音がバクバクと煩く響き、比例するように身体中に痛みが走っていく。騒ぐ血のせいで手や身体の震えが止まらない。
「……ライ、」
一つ、息を吐く父。それは諦めにも似た、何かを覚悟するようなものだった。
「私は、お前の本当の父親ではない」
「、えっ、?」
「私は……彼の父親だ」
「「!?!」」
一瞬、父の目線が行った先を追う。そこにいるのは、――紛れもなく我が船長。
「……俺ァお前を父親だと認めた記憶はねェけどな」
不貞腐れた子供染みた言い訳を吐く、当の本人。それでも、完全に否定しないということは、イコールそういうこと。
…いや、ちょっと待って。…どういうこと?
何も理解できない。思考回路が戻らない。酸素が足りない、
上手く、呼吸が出来ない。
「……全てを話そう。お前には少々酷な話だが――」
これも運命か、必然か。独り言のように呟いて、一つ父が深い息をついたと同時。
「っライ!!」
「!!」
ライは、その意識を手放した。