845年――
ズシン、ズシン…
リズムよく響く音。
ズシン、ズシン…
遥か遠くにあるであろうそれは、しかし自分には鮮明に聞こえている。
ズシン、ズシン…
何の音かまではわからない。気になって仕方がなかったが、
「……、」
しかしルピはその場から一歩も動こうとはしなかった。
――私たちが帰ってくるまで、ここから出てはいけない
今、一体何時何分で、そして何日か、なんて。明確に教えてくれる存在もその場になければ、自分もそれを数えていないから分からない。
…正確に言えば、数えるのを止めた。数えれば数えるほど"彼ら"との距離がどんどん離れていく気がしたから。
――良い子だから
真っ暗な空間にぼんやりと灯った火を見つめる。ひんやりと冷たい風がどこか隙間から入ってきて、あぁ今日は外は寒いのかな、なんて。
…まるで他人事のように思っては一つ息を吐き、ルピは膝に顔を埋めた。
「…………」
どのくらいの間そこにいただろう。既に暗闇に慣れた目はしかし、その瞳に何も写さない。
この部屋には何もない。何もすることがない。どうして一人でここにいるのかその理由さえ分からないまま、ただ、ただただ"彼ら"の帰りを待ち侘びているだけ。
「……、」
一人でこの部屋にいるのが寂しいと感じたのは、いつからだろう。聞こえてくるその音に次第に興味を抱くようになったのは、いつからだろう。暗闇にいつか自分が飲み込まれるのではないかという恐怖に怯えるようになったのは、いつからだろう。
ずっとそうだった筈なのに。時が経つにつれ募るそれらに耐えられないかもしれないと思うようになったのは、つい"最近"の話。
ズシン、ズシン…
「……、」
その正体は知らないものの、今となっては静寂を打ち消すその音だけが頼りだった。
けれども規則的に鳴るその音が今いる部屋―自分の家のすぐ近くまで響いてきたことは殆どない。何故かは知らない。それが鳴るのは専ら街の方で、時には大量に聞こえることもあった。
その音を認識し始めたのは、もうずっと昔のこと。"彼ら"にそれの正体を問うても返ってきた答えはなんでもない、心配要らないなどの言葉ばかりで、結局最後まで何かは教えてはもらえなかった。
「…………、」
…でも、それでもよかった。"彼ら"が傍にいてくれれば、それが何だっていい。"彼ら"さえいてくれれば、
――何だって、よかったのに
ズシン、ズシン…
「――ファルク、ルティル…」
グゥゥゥ
寂しさに浸っていた気分と切望を込めて発した彼らの名は、何とも滑稽な音にかき消されてしまった。
「……、お腹すいたなぁ」
彼らが残してくれた保存食を食べなんとか凌んでいたが、ついにそれも底をついてしまっていた。
あんなにたくさんあったのに、結構節約して食べてきたつもりなのに、なんてそんなこと思ったってそれらが無いという事実が変わるワケでもないことくらい分かっている。お腹なんて空いてないと気を紛らわせても身体は至って正直で、水だけでは既に満足しきれなくなっていて。
「……」
――ここから出てはいけない
彼らとの約束は破りたくなかった。でも、このままだと自分は死んでしまうかもしれない。別に死ぬのが怖いわけではないが、死んでしまったら彼らに会えなくなってしまう。
彼らは自分の全てだった。ずっとずっと一緒にいて、そしてこれからも、
…ずっと一緒だって、思ってたのに。
「どこ、いっちゃったの…」
キュッと服の裾を握りながら、ルピは静かに目を閉じ膝を強く抱えた。
「……――」
…いつの間にかその音は、聞こえなくなっていた。