「――…、?」
どのくらい眠っていたのだろう。目を開けても眠る前と変わらぬ暗さに朝か、なんて微塵も浮かんではこなかったが、どうにも外が騒がしい気がしてふと目が覚めてしまった。
今まで"あの音"しか聞こえてこなかったのに、今はどうにも違う。たくさんの何かが、この場所に集まっているような、
「っ、」
…もしかしたら、ファルクとルティルが帰って来たのかもしれない。いつもと違う音が広がる外にその可能性をみたルピは、フラフラと立ちあがっていた。
もう、充分待った。もう、充分我慢した。もう、充分頑張った。
――ここから出てはいけない
過るその言葉に、約束を破るのではないと言い聞かせていた。待っていたの。だから、迎えに行くの。ファルクとルティルが帰ってこないから、自分はずっと、ずっと、
「―――っ、」
暗闇に慣れていた瞳が入って来た光の量に耐えきれず、ルピの目は一瞬眩んだ。久しぶりに出た外の景色は明るくて、あの部屋と違って少し暖かかった。
「…?」
騒がしい気がしたのに、そこには"あの頃"と同じような静寂が広がっていて、いつも通りそこには誰もいなかった。もちろん、ルティルやファルクの姿も匂いさえその場には無い。
それでもルピがその部屋の中へ戻る事はなかった。出てしまったらもう一緒。空腹も限界で、ルピは食べ物を探しに街の方へと足を動かしていた。
===
ルピの家は街から少し外れた森の中にある。その森の中は"あの頃"と同じで青々としていて、ここで彼らと遊んだ記憶が自然と頭の中で再生された。
何も変わっていない。澄んだ空の色も、木々の緑も、踏みしめる大地の感触も。それだけで、少し気分は良くなった。
森を抜けた先にも"あの頃"と変わらぬ綺麗な街並みが広がっていたが、…それを見た途端心の中に"闇"が生まれた。それも、いつも通り。ルピは時たまこの街に来ていたが、…いや、来ていたというよりは眺めていたという方が正しいのかもしれない。
この街にいい思い出はなかった。ただ憧れの眼差しで森の中から眺めるだけで、街の奥まで入ったことはない。
…入らなかったのではない。ルピはその中に、入る事が出来なかった。
「…………?」
ルピは暫くその場に立ち尽くしていた。景観は"あの頃"と同じだが、そこに何か違和感がある。
「(…人が、いない)」
人の立てる音が全くと言っていいほど聞こえてこない。聞こえるのは"あの音"だけ。不思議だった。…皆、どこかへ行ってしまったのだろうか。
しかしそれは逆にルピにとっては好都合だった。好きに街を歩ける。好きに食べ物を取りに行ける。人がいるいないなんてどうでも良くなって、とにかく見つからないうちにあの部屋に戻ろうと思った。
…ファルクとルティルが、帰ってきているかもしれないから。
そうして街に入って、最初の角を曲がった時。
…それは、突然目の前に現れた。
ズシン、ズシン…
「!」
確かに"あの音"の正体が気になってはいたがそんなに危険視もしていなかったし、なにより空腹でそれどころではなかったのが一番かもしれない。今になって、ようやくそれが自分に向かってきているのに気付いたのだった。
「……」
それは、家の大きさくらいある"大きなヒト"。…こんなの初めて見た。今まで見てきた人とは全然違う。服も着ていない。でも、人の顔をしている。ニコニコと笑っている。今までそんな顔を自分に向ける人などいなかったのに、目の前のヒトはニコニコと笑ってくれていた。
それは何も喋らない。表情も変わらない。相変わらずニコニコしながら、自分にどんどん近づいてくる。
わからない。今まで自分と出会った人達の反応と全く異なる反応をしてくれている(反応というより行動だが)からかそれに危機感を覚える事はなかったし、寧ろある感情は嬉びに近い。自分にこうして近づいてきてくれる事が、…今までそうしてくれる人が、誰もいなかったから。
ズシン、ズシン…
仲良くしてくれるのかもしれない。一緒に遊んでくれるのかもしれない。こんな自分と、
――トモダチに、
___ッ
その時だった。ヒュンっと"何か"が空を舞ってそのヒトの大きな顔の後ろから飛び散った赤が見えたかと思ったらそのヒトは目の前に突然倒れてきて、そしてそれが倒れ切る前に感じるは浮遊感。
「っ……、」
本当に一瞬の出来事だった。下から眺めていた筈のヒトの身体を今度は上から眺めている状況。自分は、いつの間にか"何か"に民家の屋根の上まで運ばれていて。
「――おいガキ、」
…その"何か"は、まぎれもなく人で。
「お前、何故こんなところにいる?」
その背中には、翼が生えていた。