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産屋敷邸の女中を仰せつかって4年と少し。最初は屋敷のあまりの広大さに圧倒されよく迷子になっていたものだが、今ではもう自分の家のように勝手知ったる様子で廊下を歩いていた。
向かう先はお館様のお部屋だ。
先程、御息女のひなき様とにちか様を介して「昼餉を終えたら部屋に来るように」と伝えられたのだ。
私はなにか粗相をしてしまっただろうかという不安を抱えながらお館様の部屋へ向かった。
部屋に入り深々とお辞儀しながら挨拶をすると、お館様は「顔をお上げ」と言ってくださった。
お館様の声を聞いた途端、緊張して強張っていた体の力が抜け安堵に包まれた。いつも思うがとても不思議だ。
お館様はやさしい微笑みを浮かべながら話を続ける。
「今日ナマエを呼んだのはね、ひとつお願いを聞いてほしいからなんだ」
「お願い……ですか?」
「うん。ある人物の屋敷で、女中として働いてもらいたいんだ。どうかな」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声を出してしまい、咄嗟に口を塞ぐ。しかし動揺を隠しきれなかった。やはり何かしでかしてしまったのだろうか? もうこの屋敷にいらないということだろうか? と思ったのだ。
「ナマエ、落ち着いて。何か誤解を与えてしまったようだけど、私はナマエを追い出そうとしているわけじゃないんだよ」
「では……なぜですか?」
「君のことを信頼しているからだよ」
「信頼……」
「ナマエがこの屋敷で過ごすようになって、もう4年くらい経つよね。私はね、ナマエのことも家族だと思っているんだ。私だけじゃない、あまねも、子供たちも、みんなナマエのことが大好きだよ。いつも真面目に働いてくれているのも感謝しているし、何よりナマエがいると癒される」
まっすぐ、だけど柔らかい眼差しで私を見ながら話すお館様の話を聞いて、驚きと喜びと少しの恥ずかしさで胸が詰まった。
私は「勿体ないお言葉です」と言って首を垂れた。
「出会ったばかりの頃あまり感情を表に出さなかったナマエが、私達にだんだん心を開いてくれて、よく喋りよく笑うようになったことが一番嬉しいかな」
お館様の暖かい言葉に、目頭と鼻の奥がツンと熱くなった。涙が溢れそうになるのを堪え、今が好機とばかりに私も自分の想いを伝えた。
「お館様を含め屋敷にいる皆様が、世間知らずな私に嫌な顔をせず色んなことを丁寧に教えてくださり、たくさん優しくして頂いたからです。私こそ、感謝してもしきれません」
「ありがとう、ナマエの気持ちを聞けて嬉しいよ」
お館様はゆっくりと話を続ける。
「私がどれだけナマエを信頼しているか伝えた上で、話を戻すね。ある人物というのは風柱の不死川実弥のことだよ。彼が柱に就いた時に一度会っているね」
「……あの銀髪の彼ですね」
お館様に暴言を吐くという愚行を働いていたのでよく覚えている。その後お館様の寛大な御心に触れ態度を改めた様子だったので安心したが、印象は良くない。
「その彼が風柱になって半年が経つけれど、実は屋敷の管理をする者がいなくてね」
「どういうことですか? 女中や、隠の方は?」
「彼は……自分の領域に他人を入れたがらなくてね。つまり、全部自分でやると言って聞かないんだ」
「えぇっ」
我儘な人だなと思ったが、それ以前に、ちゃんと生活できているのだろうかという疑問が沸いた。
柱に支給される屋敷はとても広いので掃除が大変だし、洗濯や食事や風呂焚きなど一人でやるのは無理があるのではないだろうか? 柱はとても忙しい身なのに、そんな時間あるのだろうか? 否、絶対に無い。
少し心配になった。
「大丈夫なんですか?」
「私もとても心配でね。何度も人を送っているんだけど、すぐに追い返されるらしい」
「えぇぇ……」
「そこで、ナマエならと思ったんだ。私もナマエにはこの屋敷にいてほしいから、悩んだんだよ。でも、他に相応しい人物がいなかったんだ」
私はとても悩んだ。しかし、お館様のお願いを拒否する選択肢は私の中にはない。正直乗り気ではないが、答えはひとつに決まっていた。
「お館様、わかりました」
「受けてくれるんだね」
「はい」
「ありがとう、ナマエ。好きな時にいつでも帰ってきて良いからね」
「本当ですか! そしたら、頑張れます」
私の返事にお館様はにっこりと笑みを浮かべた。なんだ、いつでも帰ってきていいんだ。そう思うと少し心が軽くなった。
§
二日後の朝、風柱様のお屋敷に出向くことになった。産屋敷邸を離れることに寂しさを感じつつ、お館様から貰い受けた使命をしっかり果たさなければという強い責任感に奮い立たされた。
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