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『今日の放課後あいてる?』
朝、孤爪くんからLIMEがきた。すぐに『あいてるよ!』と返信すると、『クロが連れてこいって言うから、授業終わったら一緒に行こう』と返ってきた。
──一緒に行こうだって!!
些細なことに一人でときめきながら、ブサイクウサギが「わかった」と言ってるスタンプを押した。
「じゃ、ごゆっくりー」
「ナマエ、がんばってね!」
帰りのHRが終わると、雪ちゃんと花ちゃんがにやにやしながらそう言って教室を出て行った。なんだか緊張してきた。
「ミョウジさん」
孤爪くんに声をかけられ、「はひっ」とアホみたいな返事をして孤爪くんについて行った。
「緊張してるの?」
「うん……HR終わった後、孤爪くんとバイバイじゃなくて一緒にいるの、変な感じだし」
「……たしかにそうだね」
「でも、ちょっと楽しみ」
「まぁあまり気を張らずにリラックスしなよ、うるさい奴ばっかだけど」
「うん、ありがとう。頑張るね」
部室がすぐそこに見えてきたとき、孤爪くんが立ち止まった。
「ミョウジさん」
孤爪くんが真剣な表情で話し出すので、思わず「ハイ」と敬語で返事をした。
「あの……わかってると思うけど、男しかいないから」
孤爪くんの言葉に、コクコクと頷く。
「無防備な行動は、しないで」
なんだか、前もそんなことを言われたような気がする。私無防備なことあったっけ。孤爪くんの言ってる意味がよくわからなくて、返事に困って首を傾げた。
「だから、例えば……いや、なんでもない」
孤爪くんは何やら考え込んだ後、リュックからジャージの上着を取り出して私に渡してきた。
「悪いけどこれ、腰に巻いといて」
「へ? 借りていいの?」
「借りなきゃダメ」
よくわからなかったけど、私は言われた通り腰に巻いた。前と同じ柔軟剤の匂いがして、少しドキドキした。
「これでいい?」
「うん、大丈夫そう」
孤爪くんが満足したならそれでいいや、と思っていると「俺着替えてくるから、そこで待ってて」と言って孤爪くんはスタスタと部室へ向かった。
数分後、孤爪くんが戻ってきて「いこっか」と体育館に向かった。
「お、研磨ちゃんとエスコートして来たな」
「変な言い方やめて」
「黒尾先輩、こんにちは」
「うん、今日からよろしくね。つっても今日は見学してもらうだけだから、ゆっくりして行って」
「わかりました。よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げると、黒尾先輩が「明るくていいねー」と言ってウンウン頷いた。
黒尾先輩が収集をかけると機敏な動きで人が集まって来た。それだけなのに少し怖気付いて一歩下がってしまった。黒尾先輩の横にいる私を、皆と並んで私の向かい側に立っている孤爪くんが心配そうに見つめた。
「じょ、じょじょじょ女子ぃぃ!!??」
「虎うるさい」
「女子がなななんでここに!!??」
「山本うるせーぞーそんなに元気あんなら一人でサーブ100本やるか?」
「サーセン……」
大きい声で騒ぐ山本くんに私がびっくりすると、孤爪くんと黒尾先輩がぴしゃりと叱った。山本くんは他の人にもど突かれていた。
山本くんは知っている。同じ学年だし、何度か見たことがある。話したことはないけれど。
静かになった所で黒尾先輩が話し始めた。
「うちの部にもついにマネージャーになってくれる子が現れた。2年のミョウジナマエちゃんだ」
どよめきが起こり、「うっそ!」「まじかよ!」「ついに……!」「女の子ダァーー!!」「可愛い!」「女子マネージャー……うちの部に女子マネージャー……」「女子女子女子女子……」「最高かよぉッ」など色々聞こえた。
歓迎されているのならそれでいいが、こんなに注目されるのもこんなに賑やかな場所にいるのも慣れないので落ち着かない。
孤爪くんはげんなりしていて、目が合うと「ごめんね」と言われた。賑やかすぎて声は聞こえづらかったけど、大丈夫の意味を込めて笑って返した。
「うるせーぞお前らー! そんなに走りてぇかー!」
黒尾先輩が怒鳴ると一瞬でしん……と静まった。
「今日はとりあえず見学。来週から本格的に働いてもらうけど、困ってたらすぐ助けてあげろよ」
黒尾先輩がそう言うと、「ハイ!」と皆が声を揃えて返事をした。これが運動部か……と変な感動を覚えつつ、私ももっとちゃんとしなきゃと思い背筋をのばした。
「ナマエちゃん、軽く自己紹介おねがい」
黒尾先輩に言われ、「はい」と小さく返事をして一歩前に出た。緊張する。
「えっと、ご紹介に預かりましたミョウジナマエです。迷惑かけないようにがんばります。よろしくお願いします」
たくさんの目が自分を見ているのが怖くて、その視線から逃げるように深くお辞儀をした。
パチパチと拍手が聞こえ、顔を上げると「よろしく!」「よろしくお願いします!」「頑張れー!」と声をかけられた。なんだかほっとしたけど、恥ずかしくて唇をキュッと結んで目線だけ下に向けた。
練習が始まり、私は隅の方でなるべく目立たないように見学していた。
孤爪くんばかり見たら気づかれるだろうなと思い、部員のみんなの顔と背番号を覚えることに集中した。
キュッと靴が擦れる音、パンッとボールを打つ音、ダダダッと駆ける音……色んな音が響き渡って、時々専門用語が飛び交ったり誰かを呼ぶ声がする。私にとっては非日常で、異世界みたいな空間。当たり前だけどみんな真剣で、素人目から見ても練習だからって手を抜いてる感じはしない。
孤爪くんは一見やる気がなさそうに見えるけど、自分に向かってくるボールは絶対に落とさないし、まるで毛糸玉を転がす猫のようにボールを意のままに操っていて、手足の動きはしなやか。みんな孤爪くんを信頼しているのがわかるし、やっぱり孤爪くんはすごい。かっこいい。
ふと孤爪くんと目があって、思わず逸らした。
──いけないいけない、また見ちゃってた。遊びに来てるんじゃないんだから、みんな真剣にやってるんだから、真面目に見学しないと。
勧誘された時にもらった紙にはマネージャーの仕事はいくつか書かれていたけど、絶対それ以外にもやった方がいいことがありそうだった。ポケットに忍ばせていたメモ帳に気づいたことを色々書いた。
本当にただ見学してるだけだったけど、時間はあっという間に過ぎた。
「ナマエちゃん、全然かまってあげれなくてごめんね」
「全然です。皆さん頑張ってて、すごくかっこいいです!」
「まじ? それ皆に言ってあげて〜喜ぶから」
「わかりました!」
黒尾先輩はけらけら笑って「いい子だね」と言いながらスポーツドリンクを豪快に飲んだ。
「最初から遅く帰らせちゃ悪いから、今日はこのへんで終わらせようかな」
「えっ、なんか悪いです。気にしないでください」
「いいのいいの、根詰めすぎても良くないから」
黒尾先輩が頃合いを見計らって収集をかけ、片付けとストレッチをした後、ミーティングをして解散になった。
黒尾先輩が「暗いから一人で帰んないで、ちょっと待っててね」と言って部室へ向かった。ぼーっとしていると、孤爪くんが声をかけてくれた。
「ミョウジさん」
「孤爪くん、お疲れ様」
「お疲れ。どうだった? 退屈だったでしょ」
「ううん、意外とあっという間だったよ。色々メモとったし。あと、みんなすごくかっこよかったよ」
「みんな……?」
「うん、みんな真剣にやってて、物凄い音立ててボール投げたりしてて。迫力あってなんか、うわあって」
「ふぅん……」
孤爪くんのそっけない態度に、私はヒヤヒヤした。
──孤爪くんなんかつまらなそう……話し方アホっぽいから、イラッとしたのかも……。
「ごめん、疲れてるのにはしゃいで」
──せっかく孤爪くんが気を遣って話しかけてくれたのに……私ってほんとダメだな。空気読めないからマネージャー向いてないかも……。
「べつに、気にしないで」
そう言って孤爪くんはスタスタと部室へ向かった。
──黒尾先輩のうそつき。
私は先程の黒尾先輩の言葉を思い出していた。かっこいいって言っても全然喜びませんでしたよ、と内心悪態つく。
だいぶ気分が沈んで落ち込んでいると、いち早く着替えたらしい黒尾先輩が戻ってきた。
「おまたせーって、なんでそんな暗い顔してるの。疲れた?」
黒尾先輩が私の顔を覗き込んで言った。
「黒尾先輩のうそつき!」
私はフンッとそっぽを向いた。八つ当たりだ。
「んー? 俺なんかしたっけ?」
「しました! かっこいいって言っても喜ばないどころか、孤爪くん機嫌損ねちゃいました。もう絶対言いません!」
「えーっなんで?!」
「知らないです、黒尾先輩のせいです」
「ひどい!!」
黒尾先輩はあからさまな嘘泣きをしていじけたような態度をとった。
「なにしてるの」
黒尾先輩とそんなやり取りしていたら、眉間に皺を寄せた孤爪くんが間に入ってきた。
──綺麗な顔に皺が……まだ怒ってらっしゃるッッ
「研磨のせいだ!」
「はぁ?」
黒尾先輩が子供みたいに喚くので孤爪くんは「意味わかんないんだけど」と黒尾先輩を睨んだ。
わらわらと部室から皆が出てきて「あーっ女子マネ占領してる!」と誰かが叫んだことで一気にうるさくなって、それから私は色んな人に話しかけられたり絡まれたりで大変だった。でも、色んな人がいるけどみんな優しくて面白くて、なんだか安心した。
黒尾先輩と孤爪くんと私以外の人はみんな方面が違うらしくて、ホームに着くと急に静かになって少し気まずかった。
──どうしよう、話すことないな。二人とも疲れてるだろうし、孤爪くんは機嫌良くないみたいだし……大人しくしてよう。
手持ち無沙汰にスマホを開いて、お母さんに『今から電車乗るよ』とメッセージを送った。すぐに『夕飯できてるよ。今日はカレー』と返事が来た。
「カレーかぁ」
つい口に出してしまって、ハッとして後ろを見上げた。
「なに?」
目が合った黒尾先輩がそう言うので「あ、なんでもないです」と返して前を向いた。
──なんだ、聞かれてなかったか。
「今日カレーなんだ」
まさかの孤爪くんがそんなことを言ったので、バッと音がしそうな勢いで振り向いた。
「もうっ聞かないでよ」
孤爪くんはクスクス笑っている。なんだか機嫌がよさそうで、私は内心ほっとする。孤爪くんて意外と気分屋なのかな、なんて思う。
「わーめっちゃ腹空いてきた」
黒尾先輩が「あー」と項垂れて、「俺もカレーがいいー飯なにかなー」と呟いた。
やっぱり各駅停車は空いていて、今日はちょうど端に三席空いていたので座った。入り口に近い方から私、孤爪くん、黒尾くんだ。
孤爪くんとこんなに近くに座るのは初めてで、めちゃくちゃ緊張した。電車が来る前、孤爪くんがゲームに夢中になってる隙にささっとリップと前髪を直しておいてよかった。でも臭いとか思われてたらどうしよう。
孤爪くんといるといつも一喜一憂だ。
ガタンゴトンと電車の揺れが心地良くて、うとうとしてきた。
──孤爪くん、ゲーム飽きないんだなぁ……指綺麗……あ、でも意外とゴツゴツしてる……かっこいい……お母さんカレーにちゃんとりんご入れたかな……
「お母さんりんご……」
電車の揺れが気持ちいい。クスクスと誰かが笑っている気がする。なんだかあったかくて、気持ちよくて。いつのまにか夢の中にいた。
「ミョウジさん」
どこか遠くで孤爪くんの声がする。
「ミョウジさん」
手首をやさしくトントンと叩かれる。
「ナマエちゃん」
──黒尾先輩……? いや、ちがうな……この声は孤爪くんの……。
そこでハッと目が覚めて、ばっとキョロキョロした。
「ここどこ?!」
「つぎ、ミョウジさんの駅だよ」
「あ、そっか……よかった」
ふわぁ、と欠伸がでた。あれ、私いま寝てた?
「ごめん寝ちゃって、起こしてくれてありがとう」
「いいよ。ちなみにクロも寝てる」
体を折って孤爪くんの奥を見ると、黒尾先輩が後ろに頭を仰け反らして腕を組んで寝ていた。
「お疲れだもんね」
「ミョウジさんもね」
孤爪くんはクスリと笑って、一瞬だけ私を見てすぐにゲームに目線を戻した。
「ねぇ、私変なこと言ってなかった?」
「変なこと……? ああ、お母さんりんごって言ってたよ。面白かった」
「ええ……はずい」
「カレーにりんご入ってるの美味しいよね」
孤爪くんはなんだか楽しそうだ。いつもより饒舌な気がする。孤爪くんが楽しそうだと嬉しいけど、変な寝言をからかわれて恥ずかしい。
「ミョウジさん、寝てる時もたれかかってたよ、俺に」
「えっ! ……ご、ごめん……」
──なんて失礼なことを、私ったら! いつかしたいことの一つではあったけども! 今はダメだよ私!!
「無防備って、そういうとこだよ」
孤爪くんが私をじっと見てそう言った。
「え?」
「男の前で、油断しちゃダメ」
「油断……?」
「わからないの?」
「う、ごめん……」
物分かりが悪いせいで孤爪くんに呆れられる予感がして、というか既に呆れられてるかもしれないけど少し落ち込む。
「……まぁ今度教えるよ」
「ハイ」
「とりあえず、電車であまり寝ないで……俺が隣にいる時だけいいよ」
「え? わかった」
「本当にわかったの?」
「知らない人の肩で寝ると迷惑だから、孤爪くんが監視してる時ならいいってことだよね」
「……全然違う……いや微妙に合って……いや、やっぱ全然違う」
「違いましたか……」
どうやらまた孤爪くんを困らせてしまったらしい。
「ハァ……ミョウジさんにははっきり言わないとダメだってよくわかったよ」
「うう、察しが悪くてごめんなさい」
「ううん……そんなところも可愛くていいと思う」
「へ」
「でも俺の前だけにしてほしい、全部」
「はぇ?」
「肩にもたれかかるのも、寝顔見せるのも、俺だけ」
ドクン、ドクンと心臓が波打つ。孤爪くんにじっと見つめられて動けない。こんな近い距離でそんなに見つめないで。
頭の中がショートしそう。熱くて、ドキドキして、息が苦しい。
電車の走る音はうるさいはずなのに、周りの音が何も聞こえない。孤爪くんの瞳の中に囚われて、まるで違う世界にいるみたい。
──ねぇ孤爪くん、もしかして私……自惚れてもいいの?
遠くで車掌のアナウンスが聞こえた。電車はだんだん速度を落として、私の降りる駅に近づいているらしい。
孤爪くんがそっと顔を寄せてきた。もう十分端に寄っているので逃げられない。
「どうしてか知りたい?」
耳元に直接孤爪くんの声が響いた。ぶわあっと顔が一気に赤くなるのがわかった。孤爪くんはくつくつと笑うと、そっと離れていった。
プシューと扉が開く。私はハッとして、「ま、またね!」と言って急いでホームへ降りた。
振り向く勇気なんて無くて、逃げるように走り出した。
「孤爪くんっ……ずるい!」
── "「どうしてか知りたい?」"
孤爪くんの声が頭の中で鳴り響く。
「知りたいよ……」
ずっと秘めてきた想いがはち切れそうで、胸が苦しい。好きで、大好きで、どうしようもなくて。あんなこと言われたら、流石に期待する。でもどう思われているかなんてわからないから不安で、泣きそうになる。
──ねえ、孤爪くん……私のこと……好き?
孤爪くんの声を思い出すたび、耳が熱い。
まだ夏の入り口には届かないこの時期の夜風は、ほてった体をスゥと掠めて少しだけ冷ましてくれた。
もうすぐ、私が孤爪くんを好きになった季節がやって来る。
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