出水side/9 瞬きするエントロピー














あちらこちらに家族写真が飾ってある家だと思った。

廊下の壁、玄関口の飾り棚、果てにはトイレにも。


トイレを出てリビングに戻ると、案の定米屋には大便のほうだったのかと聞かれたが、そんなことより目に止まるのはリビングの写真の数。

奥側の壁手前の壁、TVの横、台所、棚の上…。


やっぱり多くね?そういうもん?



「写真みてもいいか?」

おれは、流し台で洗い物をする名前に声を掛けた。

トイレの個室の中では大のほうかと疑われるくらいの間まじまじと写真をみることができたが、本人の手前なんとなく許可を取っておく。

快く答えをもらい、おれは堂々とリビングの写真を見て回った。そばに来た米屋と、ああだこうだ言いながら。


河原に囲まれアウトドアっぽい服装で焼肉してる写真、USJのでっけえ地球のオブジェを背負って笑ってる写真、沖縄っぽい写真、おたる水族館、と書かれたトドの顔出し看板から顔だけ出している写真。他にも色々、とにかく、家族仲がいいのが伺える。

家族が揃っている写真もあれば2人の写真などもあり、飾ってあるどれもに、必ず名前の姿が写っていた。中には、ちっちゃい京介が一緒に写り込んでるのもあった。

名前が小学生くらいかまたはもっと幼い頃の写真がほとんどなのは、中学に上がってからすぐボーダーに入隊して忙しくなったからだろう。もちろん中には、最近撮ったっぽい写真もあったけど。


ホコリひとつない額縁のなかの写真を眺めながら、

「家族いつ帰ってくんの」

と、おれは聞いた。



「もう帰ってくることは無いですよ」



答えたのは京介だった。

意味がわからん。おれは眉を顰める。

名前が流し台の水栓を締め、おれらの方に振り返った。



「本当ですよ」



名前は、なはは、と笑った。


「は?どういう事?」


反射的にそう返してしまったが、もしかすると立ち入ってはいけない話だったかもしれない、とおれは自分の不謹慎に気づく。


そう思ったおれの表情を汲み取ったのか、名前は一笑して首を振った。


「引っ越したんです」


「引っ越した……」



なんでも、数か月前までは一緒に暮らしてたが、祖父母と両親が、昨年の夏に三門を出ていったのだという。

「だからまあ」

と、名前が続ける。



「いまはうち、私しか住んでないんです。心配して、母さんも父さんもよくこっち来てくれるから、そんな感じもしないんですけど。

うちに写真が多いのも、父が写真が趣味で、私が寂しいんじゃないかってここを離れる前にたくさん飾ってくれて」



なるほど。よかった、そこまで慎むような理由じゃなくて。

だけど、おれの知らないことを名前が明かすたび、おれは「なにそれ、知らねー!」と言ってしまいそうだった。だって、仮にもおれ、同じ隊だっつーのに。

そういう素振りが全く無かったから、言われない限りおれは、多分ずっと気が付けなかった。

米屋が言う。


「一人だけここに残って、反対とかされなかったわけ?」

「それなら、むしろ応援されてたよな」

「そうそう。京介の言うとおりです」

「ん?でもさ、なんで本部の宿舎にいかなかったの?そのほうが色々楽じゃん」



それはおれも疑問だった。でも、僅かに、今度こそ慎むべきなのかもしれない、と思ってもいた。

米屋のためらいのない無神経はおれにとってはありがたかったが、名前にとっては、どうなんだろう。


名前は、時計の針にちらりと目をやり頬を掻くと、困ったように笑った。


参拝をするのは予定よりずっと遅くなりそうだが、そんなのは全然構わなかった。





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