卒業式が終わった午前、駅のホームには少し肌寒い風が吹いていた。 『卒業おめでとう』の文字がリボンに綴られた花をブレザーに付けたまま、列車に乗り込む家族を見送った。 見慣れない一室に、数個のダンボールが運ばれている。 俺だけでも10分あれば運び終わりそうな荷物の数だったが、たまたま宿舎を通りかかった関西訛りの生駒さんが、あれよあれよと手伝ってくれて、数分で荷物運びは終わった。 運んだ彼は、しみじみと「私物の少ない人間って感じはしてたけど。」と言う。 俺ひとりだけなら確かにそうなるのか。荷解きしたあとの、殺風景な一室が思い浮かんだ。 そのときはじめて、いままで暮らしていた家がどれほどにぎやかだったのか、思いを馳せた。俺はそれほどにぎやかが好きだったのかと気がついた。 家族が他県に引っ越した。 引越しの決め手は、国と三門との提携で、より大幅な優遇手当がおかれること、父の転職先の給料がうんと上がること、引越し先の市内に、本家親戚も多く住んでいること。名前のご両親もその街に住んでいて、住み心地が良いと聞く。 弟妹4人のこれからの学費を考えても、いまのきりつめた生活から少しでも脱するためにも、すぐにでも引っ越したほうが、今の為将来の為になるのは明らかだった。 父の足の病状は年々悪化しているから、三門での立ち仕事より引越し先の座り仕事に転職した方が父の体の為だ。 だから両親にとってこの話はすごく喜ばしいことで、引越しする事は、去年末頃には既に決定していた。 俺だけがここに残った。 高校生の俺に、ボーダーより給料が貰える職場があるわけもない。ボーダーのようにここまで学生にやさしい企業は、日本全国探しても無いだろう。 家族と暮らした賃貸とおさらばして、今日から、ボーダー本部内にある宿舎が俺の帰る場所になった。 名前のように家を守る というほどの思い入れも、あの賃貸にはあるはずもなかった。 |