「烏丸くん寝てた……っ。机通ったらさ、すぴーすぴーって寝息立てててさ…っ……」 ヤバイヤバイヤバいっ。と、興奮を抑えて歯を食いしばるその姿から、彼女の猛烈な興奮が伝わってくる。 「きっと疲れてるんだね」 新聞配達してるからね、とは言わなかった。というか、言えなかった。 京介の寝息(?)に胸をときめかせている目の前の彼女は、新しいクラスで仲良くなれた女の子。 菊がつく名字から、キクちゃんというあだ名で私は呼んでいた。 何事にもいい加減でなく、目を見て話をしてくれる、にっこりとした笑顔がすごく可愛い子だ。 「疲れてんのかな……ボーダーだから?」 キクちゃんはみたとおり京介に恋をしており、私にその気持ちを隠さずに共有してくれる。 これは私の体質だった。 なぜかとりまるファンに好かれやすく、あわよくば協力を願われる。 *** 中学の頃、とても親しくなった女の子がいる。 私はその子がだいすきで、放課後も暇を見つけては遊んだ。いわゆる親友だった。 私は中学受験を受け私立の『星輪女学院附属』という学校に通っていたから、京介とは別の中学だったんだけれど、 京介はしばしば私の学校に迎えに来ることがあったり私の家にいることがあって、親友は京介を見知っていた。 そしてある日、「名前ちゃんのいとこの京介くんが好き」と打ち明けられた。 実はこれっきりじゃない。 中学の後輩でありボーダーの後輩でもある木虎ちゃんもそうだった。 「師匠にぴったりのひとがいるよ」 と木虎ちゃんに京介を紹介した その数日後、木虎ちゃんは私に京介について事細かに聞いてきた。 なにかあったかと聞いたら、恋をしたのだという。 そのとき思った。 ああ、京介を見たら、みんな京介のことが好きになるんだと。 もうひとつ聞いてほしい。あれは確か中2の頃だった。 京介が通う中学の女の子たちが、私に会いに星輪付属中までこぞってやってきた。 何を思ったのか、私は連絡先を交換してその子たちと友だちになった。 女の子たちはみんな人当たりは良かったような気がするが、気が合うわけではなかったと思う。 被害妄想かもしれないけど、今思えば、あの子たちにとって私は相談相手と銘打った都合の良い情報屋のように思われていた気がする。 「名前ちゃんって、ライバルっぽい感じしないっていうか…。だってさ、そういう意味で烏丸くんのこと好きじゃないでしょ?なんか分かるもん」 「名前ちゃんだけだよ、そういう目で烏丸くんのこと見てないの。だから安心して相談できるんだよね」 と。 いまは連絡は取り合っていない。 知り合って数ヶ月後だろうか。そのくらいのある日から、ぱたりと連絡は途切れたのだった。 *** …となるとやはり、目の前のキクちゃんも私からそれを感じ取ったのだろうか、 無意識のうちにライバル外判定されたのか私は。人間のカンってすごい。 「キクちゃんは、烏丸くんのどこが好きなの?」 「えっ!? えーっえーっうーんと……」 もじもじするキクちゃんに、思わず胸がときめく。恋をする女の子は基本的に可愛い。(怖いときもある。※体験済みだ) 「あのさ、烏丸くんって…。あんなにかっこいいのにぜんっぜん気取ってないじゃん? アンニュイな感じで……いっつも遠くを見てるっていうか」 アンニュイ!これは高校になってからはじめて聞く形容だ。 まさか京介が気だるげだと言われる日が来るとは。 確かに京介って、レイジさんから受け継いだポーカーフェイスで一見クールだ。 でも、ダジャレはすぱすぱ言うし、物真似が得意で誰かを真似てみせてくるし、 昔から、ちょっとした嘘を言ってからかうことで人との距離を縮める節があるような、とても和ましい人間なのだ。 だから…、アンニュイなんてそんなおしゃれっぽいものではなく、 ここ最近の京介はただ、意気消沈というかホームシックというか…。 キクちゃんが「うーん」と唸りながら唇を噛む。 「烏丸くん、彼女とかいんのかなあ…なんかいそう」 うーーん……。 「あのね、烏丸くんファンクラブってゆうのがあるんだって。それによると」 それによると? 「いるらしい……なんか、お嬢様で、ボーダーの超強い人らしい」 お嬢様で超強い人…。少なくとも、私のことではないなこれは。 ちょっと残念なのは何故だろう。桐絵先輩あたりと噂されているんだろうか。 私は口を開く。 「でもね、告白はいっぱいされてるかもしれないけど、忙しくてそれどころじゃないんじゃない?」 「そうかな…んー、ボーダーって忙しそうだもんね」 ここのところの私たちは、机に突っ伏している京介の黒い後頭部を眺めながら、京介の噂をするという昼休みを過ごしている。 京介と一緒のクラスになると、こんなこともあるんだなあ。面白いなあ楽しいなあ そんなことを思っていたら、ついつい私は口が滑ってしまった。 「家族がだいすきで、家族のためなら、自分のことを何でも後回しにするような人だし」 「えっ?」 「あっ?」 キクちゃんが驚いたように目を見開いている。やばいやばい。 付け加える。 「そんなことを聞いたことがあるような!」 と、そのとき、 キクちゃんがはっと息を呑んだ。 「どうしたの」と聞くと、彼女は口をぱくぱくさせながら指をさす。 指した先をたどって見る。 その先では、机に突っ伏していたはずの京介が、いつの間にか頭を起こしていた。 そしてゆったりとした動きでくるりと振り向く。 寝ぼけた京介の目と、目が合う。 京介は大きく伸びをして、ふーっと息をつくと席を立った。 そのままふらりと、教室のドアをくぐって廊下へ去って行った。 キクちゃんは興奮気味に私の腕を揺さぶる。 「ねえ今っ、目っ、合ったよねっ!? なんで!?聞こえてた?どうしよう!」 ああキクちゃん………。本当にごめんなさい。 自分はひどく悪趣味な人間だ。こういうときに本当に痛感する。私はとてつもないほどに性格が悪いんじゃないか? 私はキクちゃんに向かって手を合わせる。 「キクちゃん、ごめんね」 「えっどうしたの?」 「私、数1の先生に呼び出されてたの思い出した…」 なにが面白くてこんな嘘をやっているんだ本当に。 「ちょっと、講師室行ってくるね!」 |