最強豪傑の禁断魔法 5


♡ C l a p ♡


「待って、千草!」
「先輩……?」
「何も言わずに行っちゃうから……」
「あー、うん。人が見てたから声かけない方がいいかなって──」
「俺が前に言ったこと気にしてるよな……」
「それは……」
「あのさ、帰りながら少し話さない?」
「うん」

そういって正悟は千草と帰り道を共に歩いていくことに決め、千草も正悟とは一緒に居たかったために断ることなく付いて行くことにした。
しかし、一緒に居るところを見られてしまっても大丈夫なのかという不安は常に抱えていたが、正悟はそのことについては考え直しており、それを今千草に伝えたいと思っている。
だが、自分の思いを伝えるのが難しいのだろう。
悩みながら歩いていると、時間などあっという間に過ぎて気付けば校門を出るところまで来てしまい、正悟は風景を見てそのことに気付き我に返ると千草を見て無言で歩いてしまったことを謝罪する。

「ごめん。話そうって言ったのに、どう言えばいいのか悩んでた」
「大丈夫だよ、先輩のペースで良いから」
「でも、千草はいつも電車で帰ってるだろ?」
「そうだけど……」
「だからここまでしか一緒に帰れな──」
「オレは、先輩と一緒に帰りたいな」
「いいの?」
「うん。歩いて帰るのも悪くない」
「千草……」
「さ、行こう?」

そういって歩き出す千草に、正悟は遅れずに付いていく。
千草も、正悟が話しやすくなるように他愛のない会話をしながらのんびり二人は歩いて行った。
そうしているうちに正悟も話しやすくなり、自分で抱えていた問題を千草へと話すきっかけになる時が来る。
正悟の自宅からも程近く人気も無い、誰のために存在しているのか分からない空き地のような公園があるのだが、そこに植えられた並木が風になびかれて木の葉が揺れるとその度に葉擦れの音が辺りに鳴り渡る。
あと少しで家に着いてしまうと考えた正悟は立ち止まり、雰囲気が良くなってきたその好機を逃さないよう、正悟は意を決して話題を変えた。

「あのさ、千草。前に校内で話しかけないでって言って……ごめん」
「気にしてないよ。事情が事情なんだから」
「でも……」
「それにあの時は、オレも不良だったから……ってそれは今もか──」
「そんなことない!」

苦笑いをしながら自虐めいたことを言う千草に、正悟は思わず言葉を遮り自分の思いを口にした。
それは思いがけずの言葉であったため、正悟としてみても反射的に出てしまったのが吃驚したようで一瞬だけ表情が変わりはしたものの、自分の気持ちを正面から受け止め考えると、千草に伝えたかった本当の想いを告げられるのではないかと考える。

「千草は変わっていってる……頑張って、前を向いて、なりたい自分に変わる強さを持ってる」
「それは、先輩がオレに変わる勇気をくれたからだよ」
「俺はその勇気に救われてる」

正悟はそこで小さく深呼吸をして間を置くと、辺りに人の気配がないことを確認してからずっと言わなければならないと思っていたことを話そうとする。
きっかけは与えられた──今の雰囲気で言うしかない。

「変わる千草を見て思ったんだ。俺もこのままじゃ駄目だって。だから……俺、千草にちゃんと言わなきゃって──」

正悟は意を決して次に繋がる言葉を声に出して千草に伝えると徐々に赤面し始めるが、言葉を止めて今言わなかったらきっとまた言えないで千草のことを後回しにしてしまう。
それだけは嫌だった──千草のことが好きだから、初めて人を好きだと思えたから、ちゃんと言葉にして伝えたかった。

「俺、千草のことが好き……!」

照れながらも切なげな表情を浮かべた正悟は、千草の瞳を捉えてそう告白する。
それを見て、千草も照れてしまう恥ずかしさのような感情が胸の内にあるのを感じていた。
あまりにも嬉し過ぎて身体中の血が沸き立ちそうなくらい、千草はその言葉を待ち続けていて、やっとその言葉が聞けて感動するはずだったのだが、いざ言われてみると心にそんな余裕はなく、動揺して落ち着きがない態度になっていないか心配になるが、何とか平常心を保ちつつ正悟に返事をする。

「オレも、先輩のこと……大好きだよ──」

二人の関係性を祝福するかのような柔らかな風が吹くと、その風が正悟の香りを優しく千草の元へと運んでいく。
赤面したまま千草は泣き笑いの表情を浮かべて、平常心を取り戻そうとはしたものの、やはり正悟から本心を聞いてその言葉が待ち望んでいたものだと分かった途端、平常心とはかけ離れた心境であった。
両想いになれたその感覚が嬉しくて、千草は舞い上がり気味であったがそれと同時に正悟もまた、いつも以上に足取りが軽くなり、二人は再度横に並んで歩き始めた。

「こうして先輩の隣りを歩いていられるのって、なんか良いな」
「そうだな」
「……ずっと続けばいいのに」
「千草、なんか言った?」
「え、あぁ……その──」

つい小声で呟いた言葉を正悟が気にしてしまい、千草はどうしたものかと悩んでいると、一つの答えに辿り着く。
ずっと一緒に歩いていたいのであれば、そう提案すればいいのだ、と。
千草はすぐさま正悟に話しかけて行動に移そうとしていた。

「あのさ、先輩。明日から一緒に登校したいって言ったら……駄目?」
「いいけど、朝早いし徒歩だし千草の家からだとちょっと遠回りにならない?」
「先輩と居られるならそれくらい問題ないよ」
「それなら……いいよ──」

俺も千草と一緒に居たいし──そう正悟は思ったが口には出さなかった。
出せなかったと言っても過言ではないが、告白が出来たからといってもすぐに恥ずかしい台詞を躊躇いもなく言える訳もなく、顔を逸らして正悟は赤面して困った表情をついでに隠す。
照れ隠しなのが千草から見ていても分かるくらいそれは愛しく思えたのか、千草も追求はせずに黙って幸せを噛み締めていた。

「あーあ!着いちゃったな、先輩の家」
「また、明日から一緒に居られるだろ?」
「先輩は、明日からもお昼は屋上?」
「うん。それは、変えないかも」
「なんで?」
「あそこは、俺とお前の秘密の場所だから──」

少しだけ顔を赤らめて言う正悟に、千草はこれほどまでに幸せで良いのかと思い始めた。
二人だけの秘密の場所──そう言われて悪い気分にはならず、秘密を共有出来る嬉しさのようなものがあった。
そんな事を考えていると、名残惜しさは尽きないが正悟から別れの挨拶を切り出された。
正悟も後ろ髪を引かれる思いはあったのだろうが、マンションの前にいつまでも居る訳にはいかないので、千草には朝の時間を伝えてその日は別れることにする。

「じゃあ先輩、また明日な!」
「朝、待ってるから──」
「うん!」

そういって千草がその場から立ち去ると正悟もまた自宅へと戻っていく。
正悟と別れた千草は自宅まで徒歩で戻り家の前まで何事もなく辿り着いた──家の前までは。
家に着いた途端、後ろから声をかけられ振り向くと、見知った顔の人物がそこには居た。
千草は少しだけ訝しげな表情をしたが、それはその人物の存在に対してではなく、これから告げられる話の内容に対しての表情だ。
どうせ何を言われるかは分かっている。

「おかえりなさい、お兄様」
「──みお
「先程お父様から連絡があって、今夜お話したいって──」
「何の用だよ、バカ親父……」
「また怒られてしまいますわよ、そのような口調だと」
お前だって変わらないだろ?」
「あら、私はお父様の前では“きちん”としていますから──」

千草からみおと呼ばれたその少女のような風体の人物は、傍から見ていると千草の妹のようにも思える口調で話をしていく。
千草は話があるという父親に対して嫌悪感しか抱くことはなく、自宅に向かおうとして門を開けて中へと入ると澪もすかさずその後ろを付いてくる。

「なんで付いて来るんだよ」
「私のお家もココなのですから、仕方ないでしょう?」
「あっそ」

今は話したくない気分なのか、千草は軽くあしらうことにしてそこで澪との会話を終えると、家に向かって庭を抜けて歩いていく。
先日千草が正悟と訪れたヴェルデリード家の屋敷も相当大きかったが、千草の家もそれなりに大きく豪華と言われればそうであると答えるしかない規模の自宅である。
毎日歩いていて見慣れた景色を見ながら歩いていたら、
澪が千草の後ろから何気ない様子で声をかける。

「それより、お兄様──最近何やら懇意にしていらっしゃる方がおいでのようで」
「なっ──それをどこで!」
「天ヶ瀬家をあまり軽視しない方がいいですよ、お兄様。貴方の味方も敵も、この家には沢山居るのですから」

千草は澪の言葉に驚きを隠せず、動揺した表情を見せるとそれに対して澪は何気ない素振りのまま千草に語りかけてきたのだが、澪が言った内容はその通りであることが多く、今回もまさにその通りではあった。
正悟のことはこの家の誰にも言ったことがない。
相談したこともなければ愚痴を零したこともなく、悟られないように過ごしてきたつもりだ。
それでも澪に見通されてるということは、正悟のことを知っているのは一人二人ではないということでもある。

「何が狙いだよ、澪」
「嫌ですわ、お兄様。私は伝言を預かったに過ぎません 」
「伝言って親父のか?」
「お母様からもです。その懇意にしている方をお連れしなさい──とのことです」
「嫌に決まってんだろ、母さんに合わせたら面倒──」

澪が語るその言葉を千草は鵜呑みには出来なかった。
千草の中で母親にバレるというのはなるべく避けたかったことだからだ。
だからこそ、断ろうと思い声を上げて反論したのだが次の瞬間、澪に言葉を遮られてしまう。

「お兄様に拒否権はありません。穏便に済ませたければ素直に従う以外、他に無いかと──では、確かに伝えましたので」
「あっ、おい!チッ、勝手な奴──」

澪はそのまま立ち去ると、自宅がある方角ではなく別宅に向かって歩き出したようであった。
千草は不貞腐れながらも文句を言いながら本宅に向かい、なるべく人と会わないように自室へと戻ると、先程の話を正悟に言うべきか悩んでいた。
今夜は父親に会わねばならないというプレッシャーもあるが、何よりも家族に正悟のことが露呈してしまったということの方が面倒で、どう対処すべきか悩んでしまう。
とはいえ、父親も母親もどう出てくるか分からない以上、千草は不用意に正悟へと相談することも出来ずにいて、まずは話を聞いてから考えよう──そう思いながら仕方がないので、千草は今夜父親に会うまではべッドへと横になり退屈そうにして目を閉じると、気が付いた時には夕食時になっていた。
夕食はなるべく家族で食卓を囲うとの決まりが小さい頃からの暗黙の了解となっていたのだが、父親が家に居ないというのは自然なことだと認識する程度にしか家族全員が揃うことはない。
そして最近では母親も仕事が忙しい時は家に居ないことの方が多く、暗黙の了解といった言葉はどこに行ったのだと千草は常々思っていた。
しかし、この日は珍しく母親が家に居て、澪と千草の三人で食卓を囲って食事を済ませることになる。
天ヶ瀬家の食事中、会話をすることはあまりない。
躾や行儀作法の問題という以上に世間話をすることが殆どないだけで、食事を終えても何かを話すことはそれほどなく自然と家族の時間は終わるが、千草はこのような空気になったのはいつ頃からだったかと思い返してみた。
物心ついた頃はよく澪に悪戯をしたりふざけて両親を困らせたりもしていたが、歳を重ねるに連れて父親からの重圧が伸し掛ることで真面目を装って生きるしかなく、随分と窮屈な生活を強いられてきた。
しかしそれは数年と続かず、千草は過程を経て反抗的になり今に至っている。
そんな生活を送っている間に、家族の愛など既に冷めきっている──千草はそう考えていた。
それほどまでに両親からの愛情など感じていない千草に対して、母親は珍しくも声をかけてくるので、千草は素っ気なくも隠さなくていいことに関してはそれとなく返事をする。

「千草、最近どうなの。学校の方は」
「別に……普通だよ」
「それで?確かお友達が出来たとか」
「ただの先輩だよ」
「澪から聞いてると思うけど、今度連れておいでなさい」
「その件だけど──」

千草がそこまで言いかけたところで扉が開く音がして、言葉は遮られてかき消された。
千草は音がした方に振り向くと、そこには不機嫌そうな父親が立っていたが千草はバツが悪そうな顔をするだけだった。
この父親はいつもそうだ──常に威厳を保とうと雰囲気が恐く第一に笑わない。
相手に圧をかけるような雰囲気を持ち、相手に有無を言わさずに捻り潰すといった表現がピッタリなのではないかと思うくらい、千草は父親に対して良い思い出がない。

「千草、今から書斎の方に来なさい」

それだけ告げると父親は千草を一瞥することもなく書斎の方へと戻っていく。
食事はほぼ終わっていたのが救いではあったが、父親の勝手な振る舞いにその態度だけで既に千草は血が沸き起こりそうなところを自身のためにも必死に我慢している状況であった。
これから更に怒りたくなるような場所へは行きたくないが、行かなければ始まらないというのもあり仕方なく移動しようと母親と澪が居る場所から動こうとする。

「千草、いつでもいいわ。楽しみにしてるから」
「知るかよ──」

千草は母親にそう言われても無視をするつもりで一言残して書斎の方へと移動してきたが、部屋に入る前のノックが嫌で嫌で仕方がなかった。
部屋をノックしてしまったら、父親と話さなければならなくなる──そう思いながらも千草は嫌な気持ちのまま書斎の扉をノックすると、父親の声がして来たのでそれに従い部屋の中へと入る。

「──入りなさい」
「……失礼します」
「早速だが単刀直入に言おう。千草、うちの生徒である瀬奈正悟くんとの接触を控えなさい」
「は?」
「彼は勤勉であり、極めて優秀な生徒だ。お前が近くに居ると悪影響でしかない」
「…………」
「であれば、父親としても校長の立場としても距離を置かせる方が良いだろう。話は以上だ、部屋に戻りなさい──」
「……ざっけんなよ」
「…………」
「そんなことまでアンタに決められなきゃいけねぇのかよ!オレが誰と居るかは自分で決める!アンタに口出しされたくねぇよ!」
「千草!父親に対してその態度はなんだ!」
「アンタなんて父親だと思ってねぇよ!とにかく、アンタに指図されたくない!オレはオレの思った通りに生きてくだけだ!」
「──待ちなさい、千草!」

父親の制止など効かずに千草は部屋のドアを乱暴に開け閉めすると、自室を目指して一目散に駆けていく。

──冗談じゃねぇ。

千草はひたすらにそう考えて部屋に戻ると、ドアを閉めたあとは悔しそうな表情を浮かべて静かに涙を浮かべていた。
父親の命令に従うのが嫌というよりは、やはり努力しても未だに正悟とは釣り合わないのかと思うと、自分が情けなくて仕方がなくて、だからこその涙であり悔しさなのだが、今の千草の気持ちを理解してくれる人などこの家には誰一人居ないのだと痛感させられる。
千草はそのまま感情が冷めるまで、自室に戻り一人で静かに肩を震わせながら正悟への気持ちと自分の中の気持ちを整理していくのだった──。




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