逢着からの禁断魔法 1

季節は夏──朝になってまだ早い時間だと言うのに日差しが眩しく、道路を照り付ける太陽によって、辺りの気温が徐々に上がっていくのを肌で感じていた正悟は、マンション入口の日陰でとある人物を待っていた。
未だ天候が落ち着かない日々が多いとはいえ、夏の到来で流石の正悟も毎日の暑さに衣替えをするしかなく、夏服である半袖姿に身を包み壁に寄りかかって居ると、遠くの方から聞き慣れた声が耳へと届く。

「先輩!」
「千草、おはよう」

柔らかな声色で返事をしながら声の主の方を見ると、いつも通り自分を先輩と呼び慕ってくれる千草の姿がそこにはあった。
千草もいつもの冬の制服姿ではなく夏服に変わっていたので、冬服で居るのもそろそろ限界を迎える季節になってきたのだろう。
夢校も基本的に指定服はあるのだが、そもそも制服という概念があまりない。
正装で参加しなければならない行事以外の日は、着崩す程度であれば基本的に咎めはなく、気軽な格好で通う生徒も多い。
ただ、大体の生徒は服装を決めるのも面倒だという理由で冬は特にだが指定の制服を着込んでいる生徒が多いというだけであった。
それ以外でも夢校は校則が緩いものも多く、そう言ったことでも受験生からは人気の高い学校となっている。

「先輩、夏服も凄く似合ってる!」
「そりゃ、どうも」
「ねぇねぇ、オレは?」
「え?あー、うん。よく似合ってる」
「えー、何その歯切れの悪さ……もしかして何か変!?」
「そんな事はないけど……ただ、新鮮だなって」
「なんだ、よかった!似合ってないのかと思った!」
「フフッ、お前朝から元気だな」
「そう?」
「うん。元気過ぎて少し引いてる」
「酷いって、先輩〜」
「冗談だって──」

千草のテンションの高さに少しだけ疑問も抱いたが、単純に自惚であっても一緒に登校出来るからという理由だけかとこの時の正悟は思っていた。
しかし登校中、会話の内容を聞いてみればみるほど違和感のようなものを感じて、正悟は正直に千草へと問いかけてみることにする。

「千草、妙にテンション高いけど……何かあった?」
「え、なんで……?」
「いや。何となく、お前が空元気な気がして──」
「そんなことないけど……」

千草は隠していたのにも関わらず正悟に言い当てられてしまいどうしようか悩んでしまう。
空元気だとすると原因は間違いなく昨日のことが尾を引いているとしか思えない。
父親から言われた一言──正悟への接触を控えろと言われてしまったこと、母親から正悟を連れて来いと言われたこと、その二つがどうしても気がかりになってしまい、無駄に明るく接し過ぎたのが原因で正悟に分かってしまったのだろうと、千草も後々気付くことになる。
しかし、そんな千草を見て正悟はその件に関しては首を突っ込まないことにした。
誰だって秘密にしておきたいことの一つや二つあるものだ──千草だって例外ではない。
ただ困っているなら助けたいと思うその気持ちだけは偽りもなく抱いているので、正悟はそれだけを伝えそれ以上この話題を質問するのは止めることにした。

「お前が独りで悩むのは嫌だから、本当に困ったことがあれば言えよ?」
「先輩……」
「それまでは、気にしないようにするから」
「……ありがと」

千草が正悟に感謝しているのを正悟は知っている。
正悟が千草に感謝しているのも千草は分かっている。
お互いがお互いを思うからこそ、二人はそれ以上に踏み込み過ぎないようにして距離感を大事にしているのだが、そこに至るまでに二人の関係性が構築するのは時間がかかった。
何せ二人の出会いは、自然と相見える関係性ではなかったし、元から仲のいい幼馴染であった訳でもない。
それでもこの短期間でここまでの仲を築けたのは単純に相性の良さだけの問題ではなく二人の努力の賜物である。
その後は二人とも自然と互いが話していても困らない話をさり気なくしながら高校へと向かい歩いていく。
千草は家を出てからは長いと感じていた道のりではあったが、正悟と合流してからは時間の流れが早すぎるのではないかという気持ちになった。
他愛のない会話をしていたらすぐに高校の前の一本道へと出て、そこから先はすぐに校門前なのだがそれぞれの一緒に登校した初日の感想は、千草は合流してからがあまりにも早く過ぎ去ってしまったということで、もう少し二人の時間を楽しみたいと思ってしまう。
正悟の方はといえば意外にもあっさりとしているもので、さっさと校舎に入って行こうと校門付近にいる朝の挨拶を担当している教師へと声をかけて昇降口へと向かおうとしていた。
そこには教師の他にも風紀委員の面々が朝の挨拶運動を行っていた。

「おはようございます、小梨先生」
「おはよう。なんだ二人共、一緒に登校することにしたのか?」
「ええ、まあ……」
「そうか」
「あの、おはようございます」
「ああ、おはよう」

郁磨へと挨拶をした正悟は、少しだけ会話をするのだが基本的には教師と生徒の壁があるので親しみを込めて挨拶は出来ない。
正悟から見ればあくまでも一教師であり、郁磨から見たら二人共守るべき生徒である。
千草は遅れて郁磨へと挨拶をすると、郁磨も教師の顔へと戻るが、千草と正悟の顔を見て少しだけ安心したような顔付きであったのを正悟は見逃さなかった。
少し前までは千草のことを見る時に怪訝そうにしている時があったのだが、最近は心配することはあってもその時のような表情をすることも無くなり穏やかなものになったと正悟は傍から見ていてそう思う。
郁磨としても、正悟と関わっていくのを認めたといった思いが強いのだろう──二人の笑顔を見ていると、心が落ち着くのを感じていた。
二人はその後昇降口へと向かい靴を履き替えて、教室に着くまでの間に少しだけ会話をしながら歩くことにする。

「はぁ……緊張した……」
「どこで?」
「小梨先生に挨拶する時」
「そう?」
「だって、先輩とのこと認めてもらえた訳じゃないし……」
「フフッ。郁磨さんの場合、いつもあんな感じだから」
「そうなの?」
「うん。それに、もうとっくに認めてそうだけど──」

そこまで会話が続いていたところで廊下を歩いていると、後ろから声をかけられ振り返ると見知った顔の生徒がそこには居た。
正悟達はその人物に返事をしながら廊下の脇で挨拶を交えながら会話を楽しむことにする。

「お〜瀬奈と天ヶ瀬じゃん!」
「会長、おはようございます」
「おはようございます、立花会長」

海斗の呼び掛けに正悟が答えると、それに続く形で千草も挨拶をする。
今日も海斗は元気そうに自分の任務を真っ当しているようで、生徒会長の仕事も大変そうだなと正悟が思っていたところ少し遅れてアキラが書類の束を持って近付いて来た。

「アキラ先輩、おはようございます!」
「おはよう。海斗、手伝わせるだけ手伝わせて先に行くな」
「しょうがねぇじゃん!のんびりしてたら瀬奈と天ヶ瀬居なくなっちまうし」
「今、手が空いてたら確実に殴ってる」
「なら、空いてなくてラッキーだった!」
「はぁ……」

二人の掛け合いに正悟も千草も場が和むのが伝わってきて、またしても正悟は声に出して微笑んでしまう。
それに対して複雑そうな気持ちを抱えつつも、アキラは正悟がよく笑うようになったことが良いことだと思っていた。
四月に教室で見かけた頃はどこか寂しげな表情をすることが多かった正悟に比べたら、今の正悟は別人と言うくらい明るくなり、人と会話するのも何の違和感もなく出来るようなっていたので、アキラとしてみたら他人事なのにも関わらずどこか安心する思いで見ている。
本来そういった性格であったのだろうと思いつつも、自分という素の存在感を出すのはなかなかに難しい。
アキラ自身、素の自分で居られるのは海斗や正悟の前だけなので、そういった不器用さが分からない訳ではないのだが、それでも今までの正悟は窮屈そうに見えて仕方がなかった。
だからこそ、自分達の言葉の掛け合いで笑ってくれるならそれはそれで良いことであると認識したようだ。

「二人は本当に仲良いね」
「立花会長と対等に立てるのって数少ないんじゃ……」
「そうか?俺は別に生徒全員と仲が良いって思ってるんだけどな」
「海斗は相変わらず自信過剰だよな」
「自信なんていくらあっても良いだろ!」
「はぁ……」

アキラは二度目の溜息を吐いたのだが、それに対しても海斗は笑い飛ばすだけであった。
正悟は二人の関係性を見ていて不思議に思っていたのだが、何故この二人は今の関係性になったのだろう、と──。
物静かなアキラと少々騒がしい海斗では、どこで出会いどこで仲を深めていったのか気になるところではあるが今は気にしてる時でもないので、正悟も千草も会話を適当なところで切り上げて教室へと向かうことする。
海斗たちも仕事が残ってるのでそのまま別れ、千草は教室へと続く分かれ道で正悟と最後に会話をしてから自分の教室へと向かって行くことになった。

「先輩は、今日もお昼は屋上?」
「うん、それは変えないかも」
「なんで?」
「あそこは唯一千草と一緒に居られるところだし、何よりも静かで良い」
「へへっ」
「だから、二人だけの秘密な」
「……うん!」

そんなことを言われて嬉しくならない訳もなく、千草は二人の秘密を秘密のまま共有出来るように努めようする。
それほどまでにあの場所は特別な場所で、雨の日も風の日も正悟と過ごして来た思い出の場なのだから。
実際に天候の悪い日は屋上ではなく近くの人気がない階段の踊り場で昼食を済ませていたのだが、それは些細なことでしかない。
今日も晴天であることを祈りつつ、二人は別れて教室に向かうことにした。
正悟も千草もそれぞれの教室に着くと慣れた手つきでドアを開けて机の上で荷物を整理しながら授業の準備に取り掛かると次第にホームルーム前の時間になり、正悟の方ではアキラが教室へと戻って来た。

「はぁ……疲れた」
「お疲れ様、アキラ」
「アイツ、本当にこき使うんだから」
「でもアキラ、付き合い良いよね」
「それは、まぁ世話にはなってるから」
「その話、今度じっくり聞いてみたいよ」
「楽しい話じゃないけどな」
「そう?アキラのこと、俺はもっと知りたいけどな」
「機会があればな」
「フフッ、楽しみ」

そんな話をしていると郁磨が教室へと入ってきて朝のホームルームが始まった。
そこからは平凡な授業の開始で、昼休憩までは常に真面目な姿勢で各授業を受けていく。
髪を切って以降、正悟の中では世界が生まれ変わったと言っても過言ではないほど学校生活が順調で、今まで避けられたり陰口を言ってくる人間も今では殆ど居なくなっていた。
元より正悟を避けていたのは今の三年生の方が多く、当時、新入生総代である正悟が入学式での宣誓を辞退したのが気に入らないといった悪目立ちしてしまったのが原因で、先輩の立場としては生意気な後輩が出来たというレッテルを貼られたのがそもそもの原因でもある。
当然同級生にもそれらに影響されて陰口を言う人間も中には居たが、最近の正悟を見てから改心したのか、陰口のようなことは言わなくなっていった。
海斗との試合も効果があったようで、正悟はあの後様々な運動部からの勧誘をされることがあったようだが、図書委員とバイトのこともあるので、全て丁重に断ることになり、それ以降体育の授業でも頼られることが増えていて、少しずつクラスメイトとも打ち解けることが出来たのは、郁磨も見ていて安心しているようだ。
今日も体育の授業で頼られているのが千草の居る教室からでも見えたようで、千草は少しだけ誇らしい気持ちになっている。

──やっぱり先輩、かっこいいな。

そんな風に思っていると、移動教室先の多目的室で授業が終わる合図を告げるチャイムがなった。
千草は授業が終わると同時に教室から出るとそのまま購買まで行って必要な物を買った後、一度教室へと戻り荷物を整理してから屋上に向かう。
途中、友人から声をかけられたりもしたのだが、適当な受け答えをしてから急ぎ足で向かい、正悟をあまり待たせないよう屋上へと続く階段を登って行く。
すると三階まで登ったところで声をかけられ後ろを振り向くことになり、千草はゆっくりと声のした方へと身体ごと振り向いた。

「千草!」
「あれ、先輩?」
「丁度良かった。今から屋上行こうと思ってて──」
「オレも今、行こうと思ってて……」
「フフッ」
「ハハッ」

偶然出会ったタイミングで二人しておかしく思えてしまい、同時に声を出して笑い出すと二人はそのまま屋上を目指して歩き出す。
こうした平和な日々が続けばいいのに──二人はそう思いながらも、これが嵐の前の静けさだということは知る由もなかった。