友達がいないわけではない
「辻崎くんってキレイだよね」
必修講義は人口密度が高い。偶然隣になった女の子にプリントを回しただけで褒められて、俺は返答に困った。
キレイというのは女性に向けた言葉であって、自分が受け取るにはどうにも華美すぎる表現な気がした。
そんなことを言われたのも生まれて初めてだし、なんと回答すれば正解なのかよくわからなかったのだ。
「ありがとう……?」
疑問符付きで返すと、女の子の顔がパッと明るくなる。
どうやら間違った対応ではなかったらしい。
「あの、高校の時から辻崎くんてキレイな人だなって思ってて……」
高校の時の同級生か。しかし申し訳ないことに誰だか覚えがなかった。
女の子らしいウェービーなロングヘア。大学に来るだけなのに、清楚なワンピースとパンプスでしっかりお洒落している。ノートに添えられた指先は春色に塗られていて、細かいところまで抜かりない。妹にもこれくらい女性らしさがあったらな、と詮ないことを考えてしまう。
「キレイって、俺よりもあんたの方が似合う表現だろ」
素直にそう思った。褒めてくれたのだから、褒め返すのはおかしなことではないはずだ。
「髪、綺麗にのばしてるな。手入れ大変だろ?」
「え、あ、そうなんだよね。枝毛とかすぐできちゃうし、乾かすの時間かかるし」
「偉いな」
この言葉のチョイスは間違った気がする。完全に妹と話している感覚だった。
彼女はそれきり俯いて何も言わなくなってしまい、授業が終わると逃げるように退出して行った。
大体いつもこうだ。何かもっと気の利いたことが言えればいいが、会話の盛り上がりも何もつかめないまま終わってしまう。
別に、そんなに落ち込んではいない。
ため息をついたのは来週までの課題が予想以上に多かったせいだ。
「サイリィ、人と円滑なコミュニケーションを取るにはどうしたらいいんだろうな」
平坂渾身の最新機能、スマホアプリ版サイリィに声をかける。
今は日常会話を楽しむ程度しかできないが、ゆくゆくはスマートフォンからでもオペレーション機能が使えるように調整中である。
画面をチカチカ光らせて、数瞬だけ人工知能は思考する。
『質問の意図がよくわかりません』
俺は人工知能とも円滑な対話ができないらしい。
別に落ち込んではいない。