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赤い陽に照らされた教室は放課になってからかなりの時間が経っていたのか、気がついたころには私一人しかいない。必死で書き込んでいたノートに目を落とすと、まだ書けていない空欄が目につく。大問の記述式。伝えたい事はあっても上手く言葉が選びとれないのでこの手の問題は大の苦手だ。できればやりたくない。だけれど、宿題だしやらなければならない。鬱々とする気持ちでペンを滑らせる。

「終わった?」

一通り文を書き込みペンを止めたと同時に聞こえてきた声に「うん、多分」と返す。彼が居たことに気がついていなかったけれど別に驚くことでもない。笑いながら頬杖をついて私の宿題を覗き込む勘右衛門の頭をすかさず閉じたノートで軽く叩いて隠した。勘右衛門は成績優秀だから私の回答のボロをすぐ見抜く。それが少し恥ずかしくて情けなくて勘右衛門にだけは私の回答を見せるのが嫌で。

「折角、教えてやろうと思ったのに」
「勘右衛門の説明は分かりやすいけど難しすぎて私にはついていけないからお断りします」
「そう?今ならもっと簡単に説明するよ?」
「勘右衛門の簡単は難しいよ」

元々頭のスペックが違うのだ。勘右衛門とは昔馴染みだけど、ずっと昔から運動も成績もずば抜けて良くて。
とてもじゃないけど私にはそんな勘右衛門について行く学力も運動神経もなくて。何か特別秀でてるわけでもない。ただ、勘右衛門のお荷物な存在でしかない。とてもじゃないけど自信なんてもてない。
勘右衛門はそんな私を見捨てるわけでもなく側で遊んでくれてて。いつか見捨てられると私だけが恐怖してた。だけれど、まだ一緒に居てくれてる。
だけれど、高校まで同じになるとは思わなかった。勘右衛門ならもっともっと上の進学校も狙えたのに。県下でも中ぐらいな偏差値のこの学校にいるのは宝の持ち腐れにしか思えない。勿体無い。

「勘右衛門はどうしてこの学校に進学したの?」

無意識に出た言葉に一瞬きょとんとして勘右衛門は何だ、そんなことといつもの人懐っこい笑顔を浮かべる。

「唯が居るから」

“私”。回答は何度も聞いたし、分かっていたけれどやっぱり自分に対して嫌悪感がわく。一緒にいてくれとか言ったことはないんだけれど、勘右衛門はいつだって自分より私。

「私にそんな価値はないと思うのだけれど?」
「またまたァ」
「勘右衛門と違って私は何も出来ないし、なにも返せないのよ?」
「そんなの望んじゃいないさ」

けらけらけらけら。笑いながら彼はいつもストレートに思いを言ってくる。心臓に悪い。

「言ったじゃないか、俺は唯が好きだって」
「勘右衛門はそうやって私を甘やかす」
「甘やかされるのは嫌い?」

ふわりと私の頭に手が伸ばされてそのまま撫でるように髪を手で梳かれた。そして、一房とってぼんやりと私の髪を見つめる。寂しそうな優しそうな慈しみに満ちた表情。勘右衛門はたまに遠い所を見るような心ここに在らずな空気を纏う。私は、それが少しだけ嫌いだった。

「嫌いじゃないよ、勘右衛門に甘やかされるのなら嫌いじゃない」

ぼそりと吐いた言葉にはっと勘右衛門は帰ってくる。良かったと言いながら私を撫でた手をゆっくりと離す。温かみだけを、残して。
離れていく手が寂しくて思わず捕まえていた。少し驚いたような勘右衛門の表情にやばいと思って離すが、その手はすぐに大きな手に捕られる。

「手を繋ぎたいなら言えばいいのに」

そんなこと言えるわけないじゃない。恥ずかしいのに。勘右衛門はもう片方の空いていた手で私の鞄を取る。帰ろうか、という彼の言葉に私は目をそらして静かに頷く。
おいていかないで


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