「いらっしゃいませー」
ガーッと開いた自動ドアに、反射的に声をかける。遅れてのんびりと視線を送るとサラリーマンらしき男性がおにぎりの陳列棚へ向かう姿が目に入った。コンビニでアルバイトを始めてから数ヶ月経ち、挨拶も呼吸のように出てくるようになった。接客業に就く者としてどうなんだ、という批判もありそうなものだが、そもそも客が挨拶など聞いていないのだ。気合いの入った挨拶など出来るはずもない。先程のサラリーマンがスイーツコーナーで悩む姿をぼーっとながめる。店内には他に客も居ないため、暇を持て余している花の耳に、また自動ドアの開く音が聞こえた。顔を向けながら機械的に挨拶をした。
「いらっしゃい……」
厳密に言うと、挨拶をしようとした。が、客の姿を目にしたところで花の声は続かなかった。
――今日も来た……!
例に漏れず店員の挨拶など日常音としか思っていないであろう客は、スタスタと雑誌コーナーへ向かう。気にされていないことを良いことに、花は隠そうともせず顔ごと彼の姿を追いかけた。今日も、動きやすそうなトレーナーにスニーカーを身につけている。流石に暑くなってきたからか、最近は彼にお似合いの赤いパーカーを着ることは無くなった。更に今日はいつも被っている黒いニット帽も無かった。帽子を被っていない姿は初めてだ。橙がかった茶髪はひょこひょこと元気にはねており、いかにも彼らしい。新鮮な姿に、花の胸は高鳴る。
名前も知らない彼の、新たな姿。それだけで花は幸せになれた。
これで今日も頑張れる。充電出来たかのように気合を入れ直したところで、サラリーマンの男性がレジに向かってきた。やや名残惜しく感じながらも、視線を男性の方へと向ける。おにぎり二つとシュークリームのバーコードを読み取り、会計を済ませて袋へ入れ、手渡す。おつりを渡したが、レシートは受け取ってもらえなかった。花がレシート入れへ捨てる間に男性は颯爽と去っていく。自動ドアを出る背中へ向かって声を投げかけた。
「ありがとうございましたー」
男性を見送ってからふと視線を戻すと、目の前に彼が居た。
「えっ」
「あ?」
「お、いえ、何でもございません。お会計ですね」
「あ、おう」
思わずもらしてしまった声に、彼は怪訝そうな顔をする。恥ずかしさを誤魔化すように彼から商品を受け取ってバーコードを読み取る。コーラとはまた彼らしい。勝手に抱いているイメージにぴったりで、笑みがこぼれた。
「108円になります」
「ん」
「108円ちょうどお預かりします。袋はご利用になられますか?」
「いや、いいっす」
「ではシールを貼らせていただきますね。どうぞ」
ぴっとシールを切って貼り、両手でペットボトルを差し出す。片手で受け取ろうとした彼の指が、花の指の上に重なった。
「あっ」
「おあっ」
ドキッとして思わず手を離す。彼も驚いたのか手を引っ込めてしまい、支えを失ったペットボトルが床へ打ち付けられた。
「も、申し訳ございません……!」
「お、俺もわりい」
「すぐに商品をお取替えしますね!」
落とした商品を渡すわけにはいかない上に、今回は炭酸飲料だ。振った炭酸の恐ろしさを思い出しながら、慌てて新しいものを持ってくる。
「申し訳ございませんでした。こちらをどうぞ」
「や、お、俺が落としたんだから気にすんなって」
「いえ、こちらの不手際ですので……!」
「そ、そうか? じゃあ」
お互いに食い下がっていても埒があかないと思ったのだろう。新しいペットボトルを受け取ってくれた。指が触れたくらいでドギマギして商品を落とすなんて恥ずかしい。気になっている彼に失敗をみられたこともあり、気落ちしながら再度謝罪を述べる。
「誠に申し訳ございませんでした」
「いいって、気にすんなよ」
「すみません、ありがとうございます……」
苦笑しながら優しい言葉をかけてくれる。今はそれが余計に悲しかった。
もしかしたら、コーラ落とした店員だって覚えられてしまうかもしれない。
初めて認識されるのが、そんな不名誉な印象ではたまらない。気にするなとは言ってくれたが、やはり落ち込んでしまう。顔を上げられずにいると、彼が続けた。
「新しいの、ありがとな! #名字#さんいつも頑張ってんだから、あんま落ち込むなよ!」
「えっ」
「じゃ、またな」
ぱっと顔を上げると彼は逃げるかのように駆け足で出口へ向かっていた。いろんな衝撃で頭の中がごちゃごちゃになる。が、言うべきことは決まってる。心の底から言葉が浮かんできた。
「ありがとうございました! ま、またのお越しをお待ちしております!」
自動ドアのガラス越しに視線がぶつかる。聞こえたかはわからないが、ニッと口角を上げた彼に、またどきんと胸が高鳴った。
(151120)
ガーッと開いた自動ドアに、反射的に声をかける。遅れてのんびりと視線を送るとサラリーマンらしき男性がおにぎりの陳列棚へ向かう姿が目に入った。コンビニでアルバイトを始めてから数ヶ月経ち、挨拶も呼吸のように出てくるようになった。接客業に就く者としてどうなんだ、という批判もありそうなものだが、そもそも客が挨拶など聞いていないのだ。気合いの入った挨拶など出来るはずもない。先程のサラリーマンがスイーツコーナーで悩む姿をぼーっとながめる。店内には他に客も居ないため、暇を持て余している花の耳に、また自動ドアの開く音が聞こえた。顔を向けながら機械的に挨拶をした。
「いらっしゃい……」
厳密に言うと、挨拶をしようとした。が、客の姿を目にしたところで花の声は続かなかった。
――今日も来た……!
例に漏れず店員の挨拶など日常音としか思っていないであろう客は、スタスタと雑誌コーナーへ向かう。気にされていないことを良いことに、花は隠そうともせず顔ごと彼の姿を追いかけた。今日も、動きやすそうなトレーナーにスニーカーを身につけている。流石に暑くなってきたからか、最近は彼にお似合いの赤いパーカーを着ることは無くなった。更に今日はいつも被っている黒いニット帽も無かった。帽子を被っていない姿は初めてだ。橙がかった茶髪はひょこひょこと元気にはねており、いかにも彼らしい。新鮮な姿に、花の胸は高鳴る。
名前も知らない彼の、新たな姿。それだけで花は幸せになれた。
これで今日も頑張れる。充電出来たかのように気合を入れ直したところで、サラリーマンの男性がレジに向かってきた。やや名残惜しく感じながらも、視線を男性の方へと向ける。おにぎり二つとシュークリームのバーコードを読み取り、会計を済ませて袋へ入れ、手渡す。おつりを渡したが、レシートは受け取ってもらえなかった。花がレシート入れへ捨てる間に男性は颯爽と去っていく。自動ドアを出る背中へ向かって声を投げかけた。
「ありがとうございましたー」
男性を見送ってからふと視線を戻すと、目の前に彼が居た。
「えっ」
「あ?」
「お、いえ、何でもございません。お会計ですね」
「あ、おう」
思わずもらしてしまった声に、彼は怪訝そうな顔をする。恥ずかしさを誤魔化すように彼から商品を受け取ってバーコードを読み取る。コーラとはまた彼らしい。勝手に抱いているイメージにぴったりで、笑みがこぼれた。
「108円になります」
「ん」
「108円ちょうどお預かりします。袋はご利用になられますか?」
「いや、いいっす」
「ではシールを貼らせていただきますね。どうぞ」
ぴっとシールを切って貼り、両手でペットボトルを差し出す。片手で受け取ろうとした彼の指が、花の指の上に重なった。
「あっ」
「おあっ」
ドキッとして思わず手を離す。彼も驚いたのか手を引っ込めてしまい、支えを失ったペットボトルが床へ打ち付けられた。
「も、申し訳ございません……!」
「お、俺もわりい」
「すぐに商品をお取替えしますね!」
落とした商品を渡すわけにはいかない上に、今回は炭酸飲料だ。振った炭酸の恐ろしさを思い出しながら、慌てて新しいものを持ってくる。
「申し訳ございませんでした。こちらをどうぞ」
「や、お、俺が落としたんだから気にすんなって」
「いえ、こちらの不手際ですので……!」
「そ、そうか? じゃあ」
お互いに食い下がっていても埒があかないと思ったのだろう。新しいペットボトルを受け取ってくれた。指が触れたくらいでドギマギして商品を落とすなんて恥ずかしい。気になっている彼に失敗をみられたこともあり、気落ちしながら再度謝罪を述べる。
「誠に申し訳ございませんでした」
「いいって、気にすんなよ」
「すみません、ありがとうございます……」
苦笑しながら優しい言葉をかけてくれる。今はそれが余計に悲しかった。
もしかしたら、コーラ落とした店員だって覚えられてしまうかもしれない。
初めて認識されるのが、そんな不名誉な印象ではたまらない。気にするなとは言ってくれたが、やはり落ち込んでしまう。顔を上げられずにいると、彼が続けた。
「新しいの、ありがとな! #名字#さんいつも頑張ってんだから、あんま落ち込むなよ!」
「えっ」
「じゃ、またな」
ぱっと顔を上げると彼は逃げるかのように駆け足で出口へ向かっていた。いろんな衝撃で頭の中がごちゃごちゃになる。が、言うべきことは決まってる。心の底から言葉が浮かんできた。
「ありがとうございました! ま、またのお越しをお待ちしております!」
自動ドアのガラス越しに視線がぶつかる。聞こえたかはわからないが、ニッと口角を上げた彼に、またどきんと胸が高鳴った。
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