Boy Meets Girl

 いつも通りの非日常が日常なこの日に、僕らは出会った。



 この街特有の霧と喧騒に包まれながら、レオナルドは深い息を吐き出した。日常的に事件に巻き込まれ、自身がいわゆる不幸体質であることは自覚していたが、今日は飛び抜けてツイてない一日だった。オフだと思っていたら実はシフトが入っていたバイト先から電話越しに怒鳴られ、慌てて家を出ようとしたら角で小指をぶつけ、道中カツアゲされ、理不尽なクレームでボコボコにされた挙句、もうひとつの仕事場の先輩にご飯をたかられて身も心もボロボロだった。
 朝からの出来事を思い出しながら、ヨロヨロと自宅へ足を運ぶ。もう厄介事は御免だ。後は帰ってゆっくり休もう。と、決意したところで前方がざわついていることに気が付いた。人類やら異界人やらが押し寄せており、ブーイングやら歓声やらが聞こえる。
「何だ……?」
 騒ぎの中心が気になるが、ひとり零した問いに答えてくれる者は誰もいなかった。自分で確認するしか無いが、周りに居るのはレオナルドよりも遥かに背が大きい者たちだ。ぴょんぴょんと跳ねてみるも、先が見えることは無かった。そこだ、とか、いい加減にしろよ、等という野次が聞こえる。喧嘩だろうか。観衆たちが動く気配は無さそうだ。
 ここに留まっていても仕方がない。これ以上トラブルに巻き込まれ無いためにも、さっさと帰宅しようと踵を返す。大通りを帰るのが一番早いが、裏道を抜けて行くことも出来るのだ。
 ヘルサレムズ・ロットには怪しい道なんて沢山ある。どの道を行っても同じだろう、と最初の角を曲がろうとしたところで優しいソプラノが耳に入ってきた。
「あーあ、その先は今カツアゲ中だからやめた方が良いのになあ」
 ともすれば独り言のようなセリフだったが、レオナルドに話しかけたような内容に思わず足を止める。何よりカツアゲという言葉が嫌だった。
 声の主を見ようと振り返ると、白が目に入った。自分と同じくらいの年齢だろうか。霧に溶けてしまいそうな白い女の子が、壁に背を預けながらレオナルドを横目に見ていた。きっと彼女だ。
 ぱちり、と目が合う。
「あ、えっと、ありがとう」
 この街に似つかわしくない、普通すぎるその雰囲気に一瞬呆けてしまったが、慌ててお礼を述べる。
 レオナルドの言葉を聞いた彼女は、先程の自分と同じようにきょとんとしていた。その口が開く事は無い。が、目線はバッチリと絡み合っている。無視のようなそうでないような気不味い状況に、動くことが出来なかった。
「……あの?」
「……君、いま私に言った?」
 微妙な空気に耐えられず声を掛けると、彼女の言葉と重なった。
 変な質問だ。レオナルドに話しかけた者は、周囲に彼女しかいないのだから当たり前だろう。そうですけど、と返すとスイッチを入れたようにパッと彼女の顔が輝いた。壁から離れ、ぐいとレオナルドに詰め寄る。
「君、私が見えてるのね!」
 は、と空気が漏れる。今、彼女は何と言った? 私が見えてる、ということは見えない人が居るみたいな言い方ではないか。厄介事の臭いがする雰囲気にひくりと頬が引きつる。
 しかし、彼女はレオナルドの様子などお構い無しだ。名前は何だの、何してるのだの質問を浴びせてくる。彼女の剣幕に押され、思わず答えてしまう。
「僕はレオナルド・ウォッチだけど、」
 君は? というセリフは続けられなかった。
 大通りでの喧嘩が野次馬に飛び火したのだろうか、大きな異界人が彼女の方へ倒れ込んでくるのが視界に入る。その体躯はレオナルドの2倍はあるだろう。このままだと彼女は下敷きになってしまう。
 危ない、と手を伸ばす。
 だが、その手が彼女を掴むことは無かった。
「え?」
 確かに彼女の手と重なったはずだが空を切った自身の手。その中に何もない事を確かめるように掌を見るレオナルドの上に影が落ちた。瞬間、現状を思い出す。このままではヤバいと思い若干身を引くも、もう遅い。異界人はレオナルドと彼女の真上へと倒れ込んできた。
 足が巻き込まれ、どすんと尻餅をつく。今日はやっぱり厄日だ、と涙目になっていると心配そうな声が降ってきた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……君の方こそ大丈夫?」
 不安そうに安否を尋ねる声に無事であることを伝える。自分よりも近くに居た彼女の方が心配だ。質問を返しながら顔を上げると、不思議な光景が目に入った。
「私はこういうの平気なんだよね。全部すり抜けちゃうからさ」
 けろりと言ってのける彼女は確かに無事だった。レオナルドと同じように下敷きにされ倒れ込むこともなく、さっきまでと変わらぬ姿で立っている。その足元には異界人が彼女に重なって倒れていた。ちょうど頭の辺りから脚が生えている、と表現するのが正しいのかもしれない。
 どんなに異形の者であっても、実体は存在するはずだ。ヘルサレムズ・ロットでさえ信じ難い状況に目を奪われていると、何も感じていない異界人が呻きながら立ち上がった。微動だにしない彼女にぶつかることもなく、スルリと通り抜けた。全く見えていないような素振りでそのまま立ち去る。
「ね? すり抜けたでしょ?」
 どうだ、と言わんばかりに自慢げな顔をする彼女に乾いた笑いしか出てこない。
 見えない。触れない。そんな彼女の様子に、レオナルドはひとつの結論に至っていた。どうか否定してくれ、と認めたくない気持ちを滲ませつつ尋ねる。
「もしかして、君、幽霊だったり、する……?」
 ゆーれい。
 彼女は、初めて聞いたかのようにその言葉を反復する。この様子だと違ったかな、と安堵したのも束の間、彼女は閃いたかのように声を上げた。
「幽霊! そう、私、幽霊のユーリって言うの!」
 よろしくね、と言う声が遠くに聞こえる。
 レオナルドは確信した。本日一番の厄介事は、これから始まるのだ。

(160713)



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