ひっそりと静まり返った裏路地を、レオナルドは足早に通り抜ける。遠くに聞こえてくる夜の住人たちの賑やかな声が、この場の静寂さを一層際立たせているようだった。
たとえ男であろうと夜道の一人歩きは危ない。ヘルサレムズ・ロットにおいては尚更だ。だが、現状においてはひとりでは無いことの方が危険なように思えた。先程から後頭部に刺さる視線にとうとう耐えきれなくなり、思わず歩みを止める。
「あの、ユーリ、さん?」
「ユーリでいーよ」
いざ、と覚悟を決め話しかけようとするも、早速出鼻を挫かれる。今のレオナルドにとって相手の呼び方などどうでも良かったが、彼女は違ったらしい。にっこりと聞こえてきそうな笑みを浮かべて呼び捨てを求める。
幽霊の名前を呼び捨てにするのは何だか嫌だったが、彼女の嬉しそうな様子に素直に呼び方を改める。
「じゃあ、ユーリ」
「うん、なーに?」
「何で僕に付いて来るんすか」
付いて来ると言うより憑いてるのでは、という可能性は頭からかき消す。本当ならさっさと帰ってベッドにダイブしたいところであったが、このまま半透明の彼女と一緒に帰宅する訳にもいかない。用事があるなら早く言って解放してくれ、と念じながら顎に指をあて考える素振りをするユーリの顔を見つめる。
「んー……わかんない」
2秒。たっぷりと間を空けてレオナルドが発することができたのは、「は?」の一文字だった。
自分の行動がわからない人間がどこに居ようか。彼女は人間ではなく幽霊だから? 自分の脳では処理しきれない回答に、思わず声を荒らげる。
「わかんないって……どういうことだよ!?」
「なんか、レオナルドに付いて行ったら良いことあるかなーって感じがしたの」
あ、レオナルドって呼んで良い?
空気を読めないのか、能天気な台詞が続く。レオナルドは適当に言葉を返しながらがっくりと肩を落とした。解決できる用事が無かった場合のことは考えていなかった。彼女と無事にお別れする未来が霧のように消えていく。
「良いことって何なんだ……」
「私と友達になってくれる、とか」
「友達?」
およそ幽霊から聞きそうにない言葉に眉を顰める。ユーリにとっての良いことが、俺と友達になること? 取り憑くのではなく? レオナルドの不信が募る。
「私、友達が居ないからさ」
「はあ……」
それはそうだろう。そもそも彼女と友達になるには、まず見えないといけないのだ。間抜けな返事をするレオナルドを他所に、ユーリは言葉を続ける。
「幽霊になってから私を見つけてくれた人なんて一人も居なかったし、ちょっと寂しかったんだ」
そう言って笑った彼女の表情にどきりとした。眉をはの字に垂らした切なげな顔は、笑顔であるのに今にでも泣き出しそうな雰囲気だ。半透明であることを除けば普通の女の子であるその外見も相まって、少しずつ庇護心が湧き上がる。
「ユーリ……」
「だからね、レオナルドが私のことを見つけてくれて、すっごく嬉しかったの!」
微かに頬を染めながら言う彼女に、レオナルドの警戒心がじわじわと溶かされていった。
幽霊だから何だ。自分が今まで出会ってきたものも同じようなものだったではないか。取り憑かれる危険性も低そうだし、脅したり殺そうとしたりしないだけ彼女の方が可愛いというものだ。
「レオナルド?」
黙り込むレオナルドを不思議に思ったのか、ユーリが声を掛ける。思わず上擦った声が漏れた。
心配そうな顔をして上目遣いに顔を覗き込む女の子にときめかない男なんて居ないだろ!?と、誰に向けるでもなく内心言い訳をしつつ、慌てて返事をする。
「えっ、ああ! 何?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
「良かった」
ほっと胸を撫で下ろすユーリは、もうただの女の子にしか見えなかった。
切なげな彼女を思い返すと、友達になるくらいどうってこと無いように思えてくる。それくらいで喜んでもらえるならお安い御用だ。それに、この状況を打開するためだ。メリットとデメリットを脳内で天秤にかけると、がくんと傾く。レオナルドの心は決まった。
「それでね、レオナルド。もし良かったら、その……」
「良いよ」
「え?」
「友だちだろ?」
「い、良いの?」
「勿論。俺のことはレオで良いよ」
自身の言葉に喜ぶユーリを見て、レオナルドも笑みを浮かべる。幽霊の友達は生まれて初めてだったが、ヘルサレムズ・ロットで女の子の友達が出来るのも初めてだった。なんだかくすぐったい気持ちになる。
「レオ! 嬉しい、ありがとう!」
「お礼なんて良いよ。友達だろ」
「……あのね、実はもうひとつお願いがあるの」
「うん、何?」
「これからレオの家に行っても良いかな?」
「え?」
予想していなかった展開に、笑顔のまま固まった。友達になるために付いて来ていたのだから、友達になればお別れできると思っていたのだが彼女の考えは違ったらしい。
「えっと、どうして俺の家に?」
「だって私の家なんて無いんだもの。今までは仕方が無いから公園とかビルの地下とかに居たけど結構辛いのよ?」
「それってつまり……」
「居候させて欲しいの!」
語尾に星が飛んでいそうな調子で言い放つ。言外に友達でしょう? とでも言ってそうな雰囲気に、レオナルドは後悔でいっぱいになった。
だが、確かに幽霊と言えど年頃の女の子が野宿は可哀想だ。誰にも見つかることなく一人で心細い夜を過ごしていたのかと思うと、同情を禁じ得ない。何よりここまで関わっておいて放り出すことは、レオナルドの良心が許さなかった。もう後戻りは出来ないことを悟りつつ、絞り出すように許可を出す。
「仕方が無いな……」
「レオ……! ありがとう!」
感極まった声でお礼を言うと、レオナルドに向かって両手を広げて迫ってくる。だが、抱きつかれることはなく、するりと通り抜けてしまった。
ごめん、つい……と照れたように振り返るユーリ。彼女が幽霊であることを再認識させられ、苦笑しながら帰宅を促す。
「もう遅いし、早く帰ろう」
うん、と素直に頷くユーリを見て、2人並んでゆっくりと歩き出す。
こうして、不思議な友達とのドタバタな生活は静かに始まった。
(160718)
たとえ男であろうと夜道の一人歩きは危ない。ヘルサレムズ・ロットにおいては尚更だ。だが、現状においてはひとりでは無いことの方が危険なように思えた。先程から後頭部に刺さる視線にとうとう耐えきれなくなり、思わず歩みを止める。
「あの、ユーリ、さん?」
「ユーリでいーよ」
いざ、と覚悟を決め話しかけようとするも、早速出鼻を挫かれる。今のレオナルドにとって相手の呼び方などどうでも良かったが、彼女は違ったらしい。にっこりと聞こえてきそうな笑みを浮かべて呼び捨てを求める。
幽霊の名前を呼び捨てにするのは何だか嫌だったが、彼女の嬉しそうな様子に素直に呼び方を改める。
「じゃあ、ユーリ」
「うん、なーに?」
「何で僕に付いて来るんすか」
付いて来ると言うより憑いてるのでは、という可能性は頭からかき消す。本当ならさっさと帰ってベッドにダイブしたいところであったが、このまま半透明の彼女と一緒に帰宅する訳にもいかない。用事があるなら早く言って解放してくれ、と念じながら顎に指をあて考える素振りをするユーリの顔を見つめる。
「んー……わかんない」
2秒。たっぷりと間を空けてレオナルドが発することができたのは、「は?」の一文字だった。
自分の行動がわからない人間がどこに居ようか。彼女は人間ではなく幽霊だから? 自分の脳では処理しきれない回答に、思わず声を荒らげる。
「わかんないって……どういうことだよ!?」
「なんか、レオナルドに付いて行ったら良いことあるかなーって感じがしたの」
あ、レオナルドって呼んで良い?
空気を読めないのか、能天気な台詞が続く。レオナルドは適当に言葉を返しながらがっくりと肩を落とした。解決できる用事が無かった場合のことは考えていなかった。彼女と無事にお別れする未来が霧のように消えていく。
「良いことって何なんだ……」
「私と友達になってくれる、とか」
「友達?」
およそ幽霊から聞きそうにない言葉に眉を顰める。ユーリにとっての良いことが、俺と友達になること? 取り憑くのではなく? レオナルドの不信が募る。
「私、友達が居ないからさ」
「はあ……」
それはそうだろう。そもそも彼女と友達になるには、まず見えないといけないのだ。間抜けな返事をするレオナルドを他所に、ユーリは言葉を続ける。
「幽霊になってから私を見つけてくれた人なんて一人も居なかったし、ちょっと寂しかったんだ」
そう言って笑った彼女の表情にどきりとした。眉をはの字に垂らした切なげな顔は、笑顔であるのに今にでも泣き出しそうな雰囲気だ。半透明であることを除けば普通の女の子であるその外見も相まって、少しずつ庇護心が湧き上がる。
「ユーリ……」
「だからね、レオナルドが私のことを見つけてくれて、すっごく嬉しかったの!」
微かに頬を染めながら言う彼女に、レオナルドの警戒心がじわじわと溶かされていった。
幽霊だから何だ。自分が今まで出会ってきたものも同じようなものだったではないか。取り憑かれる危険性も低そうだし、脅したり殺そうとしたりしないだけ彼女の方が可愛いというものだ。
「レオナルド?」
黙り込むレオナルドを不思議に思ったのか、ユーリが声を掛ける。思わず上擦った声が漏れた。
心配そうな顔をして上目遣いに顔を覗き込む女の子にときめかない男なんて居ないだろ!?と、誰に向けるでもなく内心言い訳をしつつ、慌てて返事をする。
「えっ、ああ! 何?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
「良かった」
ほっと胸を撫で下ろすユーリは、もうただの女の子にしか見えなかった。
切なげな彼女を思い返すと、友達になるくらいどうってこと無いように思えてくる。それくらいで喜んでもらえるならお安い御用だ。それに、この状況を打開するためだ。メリットとデメリットを脳内で天秤にかけると、がくんと傾く。レオナルドの心は決まった。
「それでね、レオナルド。もし良かったら、その……」
「良いよ」
「え?」
「友だちだろ?」
「い、良いの?」
「勿論。俺のことはレオで良いよ」
自身の言葉に喜ぶユーリを見て、レオナルドも笑みを浮かべる。幽霊の友達は生まれて初めてだったが、ヘルサレムズ・ロットで女の子の友達が出来るのも初めてだった。なんだかくすぐったい気持ちになる。
「レオ! 嬉しい、ありがとう!」
「お礼なんて良いよ。友達だろ」
「……あのね、実はもうひとつお願いがあるの」
「うん、何?」
「これからレオの家に行っても良いかな?」
「え?」
予想していなかった展開に、笑顔のまま固まった。友達になるために付いて来ていたのだから、友達になればお別れできると思っていたのだが彼女の考えは違ったらしい。
「えっと、どうして俺の家に?」
「だって私の家なんて無いんだもの。今までは仕方が無いから公園とかビルの地下とかに居たけど結構辛いのよ?」
「それってつまり……」
「居候させて欲しいの!」
語尾に星が飛んでいそうな調子で言い放つ。言外に友達でしょう? とでも言ってそうな雰囲気に、レオナルドは後悔でいっぱいになった。
だが、確かに幽霊と言えど年頃の女の子が野宿は可哀想だ。誰にも見つかることなく一人で心細い夜を過ごしていたのかと思うと、同情を禁じ得ない。何よりここまで関わっておいて放り出すことは、レオナルドの良心が許さなかった。もう後戻りは出来ないことを悟りつつ、絞り出すように許可を出す。
「仕方が無いな……」
「レオ……! ありがとう!」
感極まった声でお礼を言うと、レオナルドに向かって両手を広げて迫ってくる。だが、抱きつかれることはなく、するりと通り抜けてしまった。
ごめん、つい……と照れたように振り返るユーリ。彼女が幽霊であることを再認識させられ、苦笑しながら帰宅を促す。
「もう遅いし、早く帰ろう」
うん、と素直に頷くユーリを見て、2人並んでゆっくりと歩き出す。
こうして、不思議な友達とのドタバタな生活は静かに始まった。
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