28 -真実-




誰を信じれば良いのか


誰の言葉が正しいのかなんて


私には分からない――。
















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『さて、そろそろ十分が経つな』



腕に付けた時計を見ながら、蓮二先輩は立ち上がった。

それを見て、赤也も嫌々立ち上がる。



『…ホントに大丈夫なんッスか…?』



何故か左頬を押さえる赤也。

どうやらヤバイ状況になると、体が勝手に危険信号を送り出すみたいだ。



『どうだろうな』

えぇー…!?

『その時は共に弦一郎の拳を受け止めよう』

いやいやいやっ…!!

冗談だ



元々悪い目付きを更に鋭くして、蓮二先輩に向ける赤也であった。



『では、俺達は練習に戻るとしよう』

「はい!」

『…彩愛』

「はい?」



蓮二先輩が私をジッと見つめる。

と言うより、考え事をしてるのかな…?

どっちか分からない…蓮二先輩によく起こる現象だ。



『精市の事だが…』



蓮二先輩はやっと口を開いた。

それと同時に、私が今一番聞きたくない人物の名前を出す。


精、ちゃん…。


もうやだ…思い出したくないのに…。



『精市はいつでも、お前の事を一番に考えている。それだけは覚えていて欲しい』






――ズキッ





痛い…痛いよ。

分からないよ、精ちゃん。


精ちゃんは一体、何を考えてるの…?



「…分かりました…」



それしか言えなかった。

何を言えば良いのか分からない。

何を信じれば良いの?


辛い…苦しいよ…。



『それでは、仁王。待っているぞ』

『うぃ』



段々小さくなっていくふたつの背中を、ぼんやりと見送った。

やがて、小さくなったその背中が歪み出した。



『やれやれ…』



雅治先輩は、私の頭をそっと優しく撫でてくれた。



『お前さんは幸村の事になると、いっつもそんな顔をしとるのぅ』

「だって……」



必死で泣くのを堪える。


もう雅治先輩に迷惑かけちゃいけない。

何度この人に励まして貰ったか。

何度この人に勇気を貰ったか。

雅治先輩のその行動を、無駄にしちゃいけない。

立ち上がらなくちゃ、いい加減…。



『よかよか、泣きんしゃい』



私は大きく首を横に振った。



「だ…大丈夫、です…」

『彩愛…もうええじゃろ?』

「えっ…?」



ふわりと、体が雅治先輩の方へと寄せられた。

優しい…だけど力強い。

雅治先輩独特のこの感覚が、凄く心地よかった。



『そんな辛い顔するくらいやったら、もう幸村の事なんて忘れんしゃい』

「……!!」



で、出来る事なら私もそうしたいよ…。

でも、忘れよう忘れようと思う時…どうしても頭に浮かぶのは精ちゃん。

今の私には、精ちゃんを忘れるなんて不可能なんだよ…。



「雅治先輩はどう思いますか…?精ちゃんのこと…」



どうして雅治先輩に聞いたのかは分からない。

でも、何だかこの人なら…雅治先輩なら、正しい答えを出してくれるような気がした。



『参謀の言う通り…幸村はお前の事を、一番に思ってるんじゃなか?』



雅治先輩も、蓮二先輩と同じ答えだった。

私が知ってるこの二人は、曖昧な理由で答えを出したりしない。

もしかして精ちゃんはまだ…私の知ってる精ちゃん、なの…?



『さ、そろそろコートに向かうとするかのぅ』

「あ…」



雅治先輩はいつも通り、私の頭をポンポンと叩いた。

そして無駄にウインクを残し、私から離れて行く。



「あ……ま、雅治先輩!!!



私は、雅治先輩の背中に向かって叫んだ。



『礼なら要らんぜよ』

「えっ…」

『お前さんは“ありがとう”を無駄遣いしすぎじゃ』



そう言って雅治先輩は笑う。

くそー…このイケメンが…。



「雅治先輩!!!」

『今度はなんじゃ?』

私の方が断然ウインク上手いですよーっだ!!!!



私が渾身の力で叫ぶと、雅治先輩は目を丸くしていた。

だけどその後、珍しいくらいの満面の笑みで



『黙りんしゃい』



と、言い返してきた。



雅治先輩…ありがとう。

口に出すと怒られるから、心の中で留まっておくけど。


感謝しきれない程、

感謝してるよ――。



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