29 -終止符-





もうきっと、叶うことはない。


最初で最後の、本気の恋――















Link.29 -終止符-















本当に偶然だった。


急に甘い物が食べたくなって、家を出た。


本当に、本当に偶然だった。


そこには部活を終えて帰宅途中の、

精ちゃんが居た。



あっ、せ…!!



考えるより先に声が出ていた気がする。

気付いた時には遅くて、精ちゃんはこっちを見ていた。



「…あ、あのっ…お疲れさま…」



物凄く気まずかったけど、何も言わなければもっと気まずくなりそうな気がしたから

とりあえず話し掛けた。



『お疲れ』



精ちゃんは立ち止まって、そう返事してくれた。

それだけなのに、何だか凄く嬉しかった。



「い、今…帰り…?」



一言一言発するのに、胸が張り裂けそうなくらいドキドキして、手に汗をかいてしまう。

精ちゃんに嫌われないように、言葉を選んで…。



『うん、今日は練習が長引いたからね』

「あ、そ…そうなんだ…」



冷や汗をかくくらい緊張してるけど、精ちゃんともっと話をしたい。

乙女心とは不思議なものだった。



『彩愛』

はっ、はい…!!



いきなり名前を呼ばれたものだから、思わず声が裏返ってしまった。

精ちゃんは少し驚いているようだ。


…恥ずかしい…。



「ご、ごめん…」

『いや…』



て、ちょっと待てよ?

作戦やら何やらでなんだか一日が長く感じて忘れてたけど、私…精ちゃんのキスシーン見たんだった…!

なに普通に話し掛けてんだ…。



『テニス部に戻るのかい?』



精ちゃんが私の顔をジッと見つめる。



「えっ…あ、ああ…うん。そのつもり…」



その目に耐えられなくて、目を反らしてしまう私。

繊細で静かなのに、精ちゃんは存在感がある。

迫力もある。

精ちゃんの良いところだけど…今はそれが怖い…。



『蓮二から聞いたよ』

「そっ、か…」

『正直俺は、これ以上のいざこざは避けたいけどね』

「………」



それって、私が戻ってくるのを反対してるってこと?



『でも、君が戻って来たいって言うのなら、俺は止めないよ』



どうして私は…精ちゃんにここまで嫌われなきゃいけないの…?

私が何かした?

精ちゃんが私を一番に思ってるなんて…そんなの嘘…。



「いま部内で起こってることは全部私のせい、って言いたいの?」



今まで精ちゃんに牙を向く事なんてなかったけど…この状況じゃもう我慢出来ないよ。



『全部とは言わないよ。でも、彩愛が関わってる事は事実だろ?』

「私が何をしたって言うの!?私はただ…この3年間と同じように、ドリンク作って、タオル用意して、部員と関わって…今まで通りの事をしてきただけだよ!!」

『無意識のうちに…牧原……亮子に、何かしてたって可能性は考えないのかい?』

「…!!」



牧原先輩に…?


確かに、私は自分のことしか考えられて無かった…。

でも、何かされてたのは私の方だよ?

それよりもっと前………いや、出会った当初から呼び出されてたし…私は被害者だよ!




「どうして精ちゃんは、牧原先輩の事を庇うの…?」



私の知ってる牧原先輩は…精ちゃんが庇うような人じゃない。絶対に。

それだけは、本当に疑問で仕方ない。



『……彼女だからね。まず第一に彼女の事を考えるよ』

…ッ…




『精市はいつでも、お前の事を一番に考えている。それだけは覚えていて欲しい』



『参謀の言う通り…幸村はお前の事を一番に思ってるんじゃなか?』





二人の言う事は…今回ばかりは、外れてたよ……。

精ちゃんはやっぱり、牧原先輩の事が好きなんだよ…。


一番に思ってるのは…牧原先輩、なんだよ…。



『まぁ、とにかく。戻ってくるなら戻ってくれば良いよ。それじゃあ…おやすみ』



精ちゃんは私に背中を向けた。

とても冷たい背中…。

私の知ってる精ちゃんじゃ、ない…。



「…精、ちゃん……」



込み上げてくる感情を、抑えて抑えて。

けど…無理だった。



精ちゃん、待って…!!



玄関の扉を開けようとしている精ちゃんの背中に、思いっきり抱き付いた。

この機会を逃すと、精ちゃんとまともに話す機会はもうない。

そう、思ったから。



「精ちゃん、聞いて…蓮二先輩に言われたの…。精ちゃんは、私の事を一番に考えてくれてる、って」

……!



ここまで密着してるからか、精ちゃんが反応したのがよく分かった。

やっぱり、そうなの…?



『……確かに…俺は彩愛の事は大切だし、好きだよ』

「…精ちゃ」

でも、それは幼馴染みとして。やっぱり俺が一番に考えるのは、彼女の事だから』



『今更恋なんて感情は抱かない』







私は…いつまで経っても――















「…………わかった…」



なんだか手の力が抜けた。

いや…全身の力が抜けた。



幼馴染みなんて厄介な関係が、こんなにも邪魔になるなんて。



私はいつまで経っても…“ただの幼馴染み”。

それ以上でも以下でもない。

そしてそれは、これからも一生変わることのない事実。










バイバイ、精ちゃん…。



本当に本当に大好きだったよ――。


- 29 -

*前次#


ページ: