40 -盲目の恋-
一度他人に抱いた不信感は消せない
一度他人を傷付けた罪悪感は消せない
正直皆がどう立ち上がるかは
俺自身も計ることの出来ない
未知なデータなのである――
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(side:柳)
『ちょっ…蓮二先輩、雅治先輩!私はともかく…貴方達はダメです!』
彩愛は必死に訴えかけた。
しかし、今回ばかりはお前の願いを叶えてやれそうにも無い。
この柳蓮二…否、俺だけでなく仁王も。
この退部届を簡単な決意で書いた訳ではない。
『仁王、蓮二…正気か?』
弦一郎…お前はとても真っ直ぐで強い心を持っていた。
だが、そんなお前が居ながらも、このような事態に成らざるを得ないとは。
テニス部を退部する俺には、もはや関係の無い話だが…心底勿体無い話だ。
そう、このテニス部は“勿体無い”。
最後に言葉を残すとしたら、この言葉しか思い浮かばない。
『正気…ねぇ。おまんの周りを見てから言いんしゃい』
仁王が呆れたように笑みを浮かべている。
“残念で仕方がない”とでも言いたげな表情だ。
何故そう見えるのか…今、俺も同じ事を思っているからだ。
『何言ってんすか、仁王先輩!頭オカシイのはコイツですよ!?』
『お前さん、高等部になってからテニス部に入ってきたんか?』
『はっ…?あ、いや…そう、っすけど…』
『へぇ、道理でヘタクソなワケやのぅ。こんな幼稚なことをしてないで、さっさとテニスの練習でもしたらどうじゃ?』
『なっ…
アンタに何がわかるんだ!!』
珍しく仁王が煽るような言い方をしている。
こんなチャンスは滅多と無い、良いデータがとれそうだ。
『分からんぜよ?なーんにものぅ。それはおまんも同じじゃろ』
『はぁ?』
『「彩愛を知ってるような言い方をするな」』
「と、お前は言う。そして…
俺もだ」
一瞬鋭くなった仁王の目付き。
そしてその瞬間に、その目が俺に向き、笑みに変わった。
『フッ…参謀は良いとこ取りじゃのぅ』
「悪かった。俺の言い分はお前と同じだからな」
『ピヨッ。そーゆうことナリヨ』
『雅治先輩…蓮二先輩……』
彩愛は唇を噛み締めた。
壊れたトロフィーを力強く抱き締め、肩を小刻みに震わせる。
『ハッ、辞めたい人は辞めれば良い!俺はコイツなんか信じないっすけどね!』
『俺も!どうかしてますよ、先輩達!!こんな奴に騙されちゃって』
『そうっすよ、全部コイツのせいっすよ!
消・え・ろ!消・え・ろ!!』
『
消・え・ろ!!消・え・ろ!!』
― 消 え ろ ・ ・ ・ ! 消 え ろ ・ ・ ・ ! ―
そして一人の男子部員によって、彩愛に対する“消えろコール”が始まった。
反彩愛組は俺が思っていた以上に、大勢居たようだ。
耳障りにも程がある、このコール。
もはや鳴り止みそうにも無い。
――ドンッ!!!
『消………』
と思ったのだが、そうでも無かったようだ。
物凄い音と共に、扉が開いた。
『
もーいい加減にしてください!!!!』
入って来たのは、赤也と…白井だった。
どうやら先程の爆音の正体は、沢山の涙を溜めて目を潤ませる彼女…白井の仕業だったみたいだ。
『なんか…ビックリしすぎて怒りも冷めちまったッスよ…』
と、苦笑いを残す赤也。
一方で、白井は怒りに震えていた。
『どうしてこうやってターゲットを作りたがるんですか!?』
一歩一歩、部員に迫っていく白井。
目からは、留まっていられない大粒の涙が、何回も何回も頬を伝う。
『どうしてみんなで仲良く出来ないんですか!?どうして貴方達は…団体行動しか出来ないんですか…!?』
そこで白井は立ち止まり…
『どうして…』
『白井…』
『
どうして…ッ!誰一人として…彩愛ちゃんの言葉に…耳を傾けてあげないんですか……ッ…』
我慢出来ずに泣き崩れてしまう。
それを静かに支える赤也。
普段は怒りで大暴れするのは赤也の役目の筈なのだが…彼女のお陰で、赤也は平生を保っている。
『ひっ…く………い、つも……
いつも、いつも…ッ!彩愛ちゃんばっかり…!』
彼女は、マネージャーと言う立場である為に、選手と関わる機会が多かった。
その度に聞かされる暴言…しかし、俺達には計画があった。
外面的に、彼女は牧原と仲良くしていなければいけない。
それを否定することは愚か、言い返すことは許されなかった。
耐えて耐えて、笑顔で接する以外に無かった。
彼女の性格上、それを我慢するのは…どれ程のものだったのか。
俺達の考えはそこまでに至らなかったようだ。
「白井…全部吐いてしまえ。お前を制限して…すまなかった」
少し心が痛んだ。
彼女はそんな俺の顔を見ては、余計に泣いた。
『参謀。どうやら俺達は…彩愛のことになると、色々見失うようじゃの』
「…そのようだな」
目の前のことしか見えなくなる。
つまり、盲目になる。
そしてそれが…“好き”と言う気持ちなのだと。
そしてその気持ちを、俺は――
『一体何の騒ぎだ?』
『
部長…!』
『そのトロフィーは…』
委員会の仕事を終えた精市が、静かに姿を現した。
この状況に、誰もが固唾を呑んだ。
『誰がこんなことを?』
冷酷になる精市の目。
しかし、壊れた歴代のトロフィーを見つめるその目は…哀愁を帯びているようにも見える。
『ぶっ…部長!コイツですよ!コイツ!!』
『………ッ!』
彩愛は抱き締めていたトロフィーを、その場に置いて逃げ出した。