41 -限界を越えた先-
立海テニス部であること。
王者であること。
俺は、誇りに思っていた――
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きっと彩愛もまた、限界だったのだろう。
好きな人からの冷たい態度、牧原からの嫌がらせ、部員達からの数々の暴言。
幾度となく、心を痛めた筈だ。
精市の目は特に冷たい。
彩愛が逃げ出したのも、分からない話では無い。
『
テメーら潰すぞ!!彩愛じゃねぇってまだ分かんねーのかよ!!』
ついに赤也も我慢が出来ず、怒鳴り散らす。
『へぇ…』
視点を何処か一点に定める精市。
『彩愛が犯人?』
『そ…そうなのよ、私昨日見たのよ!』
今まで後ろで不気味な笑みを見せながら黙っていた牧原が、精市に近寄っていく。
『酷いわよね、みんなのトロフィーをこんなにしちゃって…』
『触らないで貰えるか?』
『えっ…?』
精市は、先程まで彩愛が抱き締めていたトロフィーを持ち上げる。
そのトロフィーの鋭利に欠けた部分に、彩愛の血がうっすらと付着していた。
どうやら精市は、このトロフィーを見つめていたみたいだ。
『トロフィーにも、俺にも…
君の汚い手で触るな、って言ったんだ』
『ちょっと…何よ、それ…私の手は汚くなんか』
『彩愛は昨日俺と帰ったよ』
『はぁ…?』
牧原の表情は急に険しくなり、精市に掴み掛かった。
『アナタ、私には先に帰れって言ったくせに、どうしてあの子と帰るのよ!?』
『何も通じないんだな、君には』
精市は牧原の手を振り払った。
『
汚い手で触るなって、言ってるだろ?』
『…ッ!』
表情はいつもと変わらないが、明らかにいつもの精市では無かった。
どうやら精市も…限界、ってことだな。
『昨日ある事件が起きてね。まぁ、それは関係の無い事だから伏せるけど。その時にはトロフィーは綺麗なままだったよ』
『そ、そんなの…トロフィーが壊されたのはもっと後の話ってだけよ…!』
『…俺はきちんと鍵を閉めて、彩愛と帰った。彩愛と俺の家は100mも離れてない、ちゃんと帰ったのを見届けたよ』
『それじゃあその後に、学校に戻ったのね!』
『何しに?わざわざ暗闇の中を女の子が一人で歩いて?』
精市の物言いは、犯人を既に見極めているような言い方だった。
『バレたくなかったら、それくらいのことはするでしょ?』
『事件を起こす当夜に人を待っていて限りなく怪しい状況で、バレたくない?それは少し無理があるんじゃないか?』
『じゃあ』
『彩愛のことはもう良いよ。そう言えば牧原さん。君は夜遅く部室の近くで、何をしていたのかな?』
昨日、俺は白井からある事を聞いた。
何でも彩愛が田中太郎に別れを告げるらしい。
そこで俺は推測をした。
体目当てである田中が、日の落ちた部室前で彩愛と二人きり。
間違いなく何かが起きるだろう。
しかし、彩愛を助けるのは俺の役目ではない。
俺は、部活後自主練をしている精市に、その役目を譲り渡した。
恐らくその時に、精市は彼女の姿を見かけたのだろう。
『気付いていないとでも思ったのかい?』
『…何が言いたいのよ?男らしくハッキリ言ったらどう?』
『じゃあそうするよ』
精市はニッコリと笑った。
『
俺達の目の前から今すぐ消えろ』
『なっ…』
『君はどれだけこの部を馬鹿にすれば気が済むのかな』
“好き”という気持ちは…
目の前のことしか見えなくなる。
つまり、盲目になる。
俺はいつしか、自分の気持ちに気付いていた。
『俺達はどんな辛い特訓にも耐えて…耐えて耐えて耐えて、頂点を掴み取ってきた。休むことなど許されない、迷うことなど言語道断。いつまでも王者でいる為に、常に努力を惜しまない。それが』
そしてその気持ちを、俺は――
『
王者立海テニス部だ』
この男、幸村精市に預けた。
彩愛のことは、この男が幸せにしてくれると。
信じて止まない俺が居たのだ。
『部長…』
『幸村…』
『うむ、それが常勝立海大だ』
皆、良い笑顔で笑っている。
一気に部員を奮い立たせることが出来る、それが立海テニス部の部長であると。
俺達は皆、誇らしく思う。
『牧原、君は知らないだろ?このちっぽけなトロフィーを、俺達がどれ程死ぬ気で掴み取ってきたのか』
『そういや、俺も気ぃ失いそうなくらい走ったな…』
丸井は懐かしそうに、静かに笑う。
頂点に立つには、必ず頂点に立つなりの理由が存在する。
一軍と二軍の差、その差を説明するのは、きっとこの理由であろう。
『俺も…ラケットが血まみれで持てなくなるくらい、ボールを打ちまくった覚えがあるぜ』
ジャッカルはその手を握り締める。
『彩愛は逃げなかった。どれだけ大好きな部員に嫌われても、ボロボロになっても、この部を信じ続けた。牧原、君にはそんな覚悟があるのかい?』
『わ…私、は…』
『随分と君の好き勝手にしてくれたよね。でも…それは俺にも責任がある』
今ここで、精市は大きな決断を下した。
『今日これで俺はテニス部を退部する。そして、テニス部を廃部にするように、頼み込むよ』
『
!?』
この発言には誰もが驚いた。
しかし、精市は本気だった…。