43 -幸せと苦しみ-




幸せであればあるほど、壊れるのが怖い。


苦しみが続くと、幸せを求める。


私達は、常に矛盾した生き物だ…――















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(side:彩愛)













「ぅ、わっ…!!



体が仰け反ってしまうくらいの強い力で、誰かに引っ張られた。


この声は…間違いなく丸井先輩だった。

でも、また何か言われるんじゃないかって、もう傷付きたくなくて…手を振り払って逃げようとした。




『ちょ、待てって!



しかしそれは許されなかった。

可愛い顔こそしているけど、丸井先輩は立派な男の子。

すぐに引き戻された。



ごめんなさい!私が悪かったから!

『…は?』

「もうテニス部には関わらないから…もう何も言わないで…ッ!」



手の震えが止まらなかった。

涙を堪えることで精一杯で、それ以上の言葉も出てこない。



『…ッ…!』

「わっ…!!」



掴まれた手を引っ張られて、そこからは何が何だか分からなかったけど。

とにかく丸井先輩の顔がすぐ隣にあると言うことは把握…。


視界にクラスメートの顔がちらついた。




「ちょ…丸井先輩…!」



そこで我に返ったように焦った。

みんなの視線が痛いくらいに突き刺さる。



「あの…ここ廊下です!みんな見てますよ…!」



私の言葉なんて届いてないのか、丸井先輩はもっと強く私を抱き締めた。



…悪かった…ッ

「……え?」



少し霞みがかった丸井先輩の声。

そう言えば、丸井先輩さっき…彩愛って…。



「丸井先輩…」

『俺…なんて言えば良いかわかんねぇけど…お前のことが好きだ…!』

「え?す、好きって…」

『テニス部のことも、みんなみんな…好きだ…ッ!』



あ、ああ…その“好き”ね。

ビックリした、まさか丸井先輩がそんな目で私を見てるわけないよね。



『毎日が楽しかった…練習はキツかったけど、毎日…お前が癒してくれた……』

「そんな…私は…」

『でも、俺は…お前に苦しみしか与えること…出来なかった…』

「丸井先輩…そんなこと…!」

『本当に、悪かった!もう…一生…こんな間違いは犯さねぇから…』



丸井先輩の言葉は、心底嬉しかった。

まさか、丸井先輩にまた名前を呼ばれる日が来るなんて思ってもなかったし、もう…昔には戻れないと思ってたから。


だから、ホントに嬉しかった。


でも…今はその嬉しさが、苦しいよ…。

私にみんなとの楽しい未来なんて、もう…存在しないから…。



「丸井先輩。私も、丸井先輩が…テニス部が大好きでしたよ!そして、これからも」





これからも、ずっとずっと…大好き。


ホントに…大好きだよ…。





『彩愛…マジでごめん…』



丸井先輩から離れて、私は笑った。



「謝らないでください。良かったです、最後に丸井先輩と分かり合うことが出来て」



そう、これで最後だよ。


バイバイ、みんな…。



『あ、そうだ。テニス部…なくなっちまうってよ…』

「梨華ちゃんに聞きました。なんで精ちゃん、そんなこと…」

『なんでか教えて欲しいかい?』



「!…精ちゃん…」



私の、大好きな人…。


多分、ずっとずっと、何十年経っても…私は精ちゃんに片思いをし続ける。

私達…すれ違いばっかだったね…精ちゃん。



『君達で最後だよ』

「え…」

『何だよぃ、これ…』



一枚の紙が、私達の手元に渡る。

これは…入部届け?



『テニス部は見事に廃部になったよ。だからこれは、新テニス部の入部届け』

「新テニス部…?」

『マジかよ…俺、まだテニス続けれるのかよ…?』



なんで、私にこんなもの…。


もう、無理なんだよ…精ちゃん…。




『でも、なんで作り直す必要があったんだよ?』

『一度壊れた物は元には戻らない。だったら、もう一度作れば良い話だろ?』

『幸村くん…天才的ぃ☆』



何だか、みんなが羨ましくなった。

そしてそれと同時に…私はまた、逃げ出したくなった…。


でも、今度はそうゆうわけにもいかない。



ごめん、精ちゃん…。





「私、テニス部には戻れない」



泣く泣くこの一枚の入部届けを…私の希望を、精ちゃんに返した。

二人は驚いていた。


それもそうか…昔のテニス部に戻るのは、私の願いだったから…。

折角私の願いが叶うのに、私はそれを拒んでいる。

幸せは、いつも近付いては私から遠ざかっていく。




『も、もしかして…俺達のせい、かよ?』

「違う」

『じゃあなんでだよ…?』

「もうダメなの。……ごめんなさい…ッ…」



急いで教室に戻った。

精ちゃんの顔も、丸井先輩の顔も、今の私にとって辛いものでしかないから。




強くなれ、私。








…よし…!




強く、拳を握った。




ごめんね…ありがとう…。


私はもうすぐ、私でなくなる…――



















バイバイ。




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