一郎
学校の終わりを告げるチャイムが鳴る。
私はこの時を今日の朝から待ちわびていた。
よし、帰ろう。
「先生さような…らっ!!」
『
待て、天壌』
後ろから力強く腕を掴まれた。
My brother,My sister.
(真田弦一郎の場合)
「さ…真田……」
『委員会があるだろう?今日と言う今日は逃がさんぞ』
いつものように三白眼で私を睨んでくる真田。
真田とは同じクラスで同じ委員会。
それ以上の関わりは無いんだけど、私がいつも委員会をサボってるから、委員長の彼がこうして私を強制連行しに来る。
普段は真田が来る前に逃げるんだけど…今日はちょっとダッシュが遅れちゃって。
見事、真田弦一郎くんに捕まってしまったと言うわけです。
「あの、今日は…私用があるんですけど」
『
問答無用。さっさと来んか』
僅かな抵抗は虚しく、真田のされるがままに引っ張られる。
いやいや今日だけはマジで駄目なんですって。
…仕方ない。
使いたくは無いけどあの手で…!
「真田!」
『何だ?』
「
あの子!パンツ丸見え!!」
と大声で叫んで、真田の手が緩んだ瞬間に逃げようと思った。
が、しかし。
真田の手に込められた力が緩む事は無かった。
「なっ…!」
そのまま勢い良く真田に引っ張られる私。
不可抗力で、真田の大きな胸に飛び込んだ。
『その程度の事で俺が動揺するとでも思ったか?』
「ち、くしょー…」
とゆう事で、再び連行された。
トボトボと真田に腕を引っ張られながら歩いていると、ある人物が私の視界に入った。
あの子は確か…二年生エース、噂の切原赤也くんじゃないか。
そして彼を見た瞬間、私の中の悪魔が微笑んだ。
ケケケ、これは使える。
「
あ!切原くんが先生に怒られてる!!」
『
何…!?』
今度は予想通り、私の腕が真田の手からスルリと抜けた。
『天壌…!』
「ごめんねー!次の委員会には行くからさ!」
それだけ伝えて、私は玄関へ一直線に走り出した。
へっへー、逃げ足の速さには自信があるんだ!
それにしても、真田は切原くんの事に関しては敏感なんだよね〜。
相当真田に気に入られちゃってるみたいだね。
「――…っあ!お兄ちゃん!」
『よ、アメ』
校門を出て直ぐの所でお兄ちゃんに会った。
お兄ちゃんは立海大附属の高等部。
明るくてスポーツ万能でクラスの中心的存在、そんなお兄ちゃんが大好きだった。
「ね!お兄ちゃん!ホントにお兄ちゃんの友達の家に行っても良いの?」
『おう、お兄ちゃんの大親友だからな。お前にも紹介しておこうと思って』
「やったー!」
お兄ちゃんの大親友ってことは、きっとワイルドでカッコイイ人なんだろうなぁ。
と、ブラコンの私はそう思っていた。
しかし現実と言うものは儚かった…。
『ホラ、アメ。挨拶は?』
「は……初め、まして…」
誰?このおじさまは。
本当にこのカッコイイお兄ちゃんの親友…なの?
いや、確かにワイルドだけど…、カッコイイかって聞かれたら、それとはまた別の部類なような気もしなくは無い。
何だろう…一言で言うと、"渋い"。
『聞いてるのか?アメ』
「あっ、うん。何?」
今まで俯いていた顔を上げると、お兄ちゃんの親友さんがこっちを見ていた。
何もしていないのに感じるこの圧迫感は…何処かで経験したことのあるような…。
『年は…いくつになる?』
「え、っと…学年で言うと中三です…」
『そうか。俺の弟と同じ年だな』
「弟さんが、いらっしゃるんですか」
弟だけはハッチャケた普通の中学生であることを願う。
『ああ、弟はしっかりとした子でな』
「へぇ…」
それは良い意味で?悪い意味で?
『君のようなだらしない格好をしていることは断じて無い』
「な…」
今のはちょっとカチンと来たぞ。
何故私がそんな事を言われなければならんのですか?
私は今、お兄ちゃんの妹としてアナタにご挨拶に来ただけで。
何も"娘さんをください"みたいな事を言いに来たんじゃないんだぞ。
『今時の中学生は皆そのようなだらけた服装をしているのか』
だらけたって…これはこうゆう着こなしなんです!
てゆうかアナタのその制服高等部のですよね!?
それなら大して私と年齢変わらないじゃんか!!
なんて心の中で、不平不満の言葉を呪文のように繰り返しながら、私はその空間を耐えきった。
真田のお説教で鍛えられたからね、特訓の成果が現れたのかな?
『天壌、ちょっと来い』
「げ…」
翌日の放課後、呼び出しを食らった私は、条件反射で真田から逃げた。
が、そんな抵抗は彼には効果が無かった。
『たわけ。俺から逃げられるとでも思ったか』
「…い、1%だけ…」
『限りなくゼロに近い話だな』
くっそー…そう言えば真田、テニス部だったっけ。
通りで足が速い…。
帰宅部の私相手に本気出すなんて…卑怯だ。
『今日こそは逃がさんぞ』
「…うぅっ…」
何だか切原くんになった気分だよ…。
きっと彼と語り合ったら2時間は語れる自信があるね。
『天壌』
「
あぁぁあああああ…!」
その時、私は物凄く残酷なシーンを見てしまった。
「お、花が…」
中庭に咲いている綺麗な花達が、自転車で踏み潰されていた。
その現場を目撃して、居ても立っても居られなかった。
そして何の考えも無しに、真田の手を払い、飛び出した。
『天壌…!』
「
ちょっと、何やってんの!?どいてよっ…!」
相手は不良の男三人組。
少し考えてみれば危険だって、分かった筈だった。
けどそんなの、考えてる余裕なんて無い。
とにかく早く自転車を退けて欲しかった。
『何だよ、うぜぇ』
「良いから!どいて!!」
――ガシャンッ…!!
やってしまった…。
と思ったのは、自転車を押し倒してしまった後で。
『っ痛…!!』
「あっ…ご、ごめん…!」
『何すんだよ、テメェ…!!』
殴られる、と覚悟した次の瞬間。
――パシィッ…!!
背中を覆われた感触がした。
見上げてみれば、近距離に真田の顔。
もしかして、庇われた…?
『貴様等…こんな事をしてどうなるか、分かっているのか?』
『さ、真田…。でも、そいつが最初に攻撃してきたんだぜ?』
『…話し合う価値も無いな。さっさとこの場を去れ』
お得意の三白眼で真田は睨み倒す。
男達は気にくわない顔をしながらも、真田を恐れている様子だった。
なんか…カッコイイ…。
なんて感情が生まれたのも至極当然なんだろう。
『チッ、何だよ。俺達が悪いみたいじゃん、うぜー』
『もう良い、行こうぜ』
と、負け犬のように去る男達は何とも惨めで格好悪かった。
見た目はあんなに派手なくせに、中身はちっぽけなんだね。
『たわけが』
「………」
今更だけど突っ込ませて欲しい。
この密着度は何ですか…?
「あの、真田…?」
『何だ?』
「ちょっと…近くない?」
なんて問い掛けてみたけど、返事は無かった。
どうしよう…どうすれば良い?
『天壌』
名前を呼ばれた瞬間、後ろに引き寄せられる。
簡単に言えば…抱擁?
前に回された真田の腕が、少し赤くなっていた。
さっき私を庇って殴られた時に…。
「ごめん、真田…。私お花大好きだから、ああゆう奴許せなくて…迷惑かけちゃったね」
『お前は愚か者だ。飛び出す前に俺に言え』
「…すみません」
なんか…良い雰囲気になってきちゃってる?
だけどこんな所誰かに見られたらヤバ 、 い … …
「
……っっ!?」
『アメ…?』
「お…お兄ちゃ………ん」
お兄ちゃんの顔を見て、慌てて真田から離れる私。
何故…なんでお兄ちゃんが此処に…しかもこのタイミングで…ッ!!
『どうした?…!!お前…』
うわわ…お兄ちゃんの渋い親友まで同伴ですか…!?
どうしよう、こっちに来るよ…!
絶対"最近の中学生は破廉恥だ"とか言われる…!!
も…もう良いもん、覚悟は出来てるよ、来い…ッ!!
『弦一郎…』
『お兄さん』
ちょ、何二人で兄弟みたいに呼び合って…
んんっ!?
『お……お兄…さん…?』
『あぁ、俺の兄だ』
ま、まさかの兄弟…!?
弟まで若さを失っているなんて…終わりだな、この家族…。
いや、もうこの人らにハッチャケとか求めちゃいけない気がする…。
『弦一郎、こんな所で何をしている』
『…お兄さんには関係ありません』
二人の目線の先に強烈な火花が散る。
その間に居る私…
激しく怖い。
『このようなチャラチャラした小娘…お前には似合わん。やめておけ』
「なっ…」
なんだとぉ!?
この前から…あまりに失礼じゃないですか!!
『お言葉ですが、コイツは見た目に寄らず優しい心の持ち主です。外見だけで判断されては困ります』
や、なんか照れるな…。
見た目に寄らずは余計だけど。
とゆうかなんか恋人同士みたいな勢いになっちゃってるんだけど…まぁいいか。
『君、ちゃんと分かってるね。いや〜アメは良い子を見付けたよ』
『…ユキ…』
『あのさ、さっきの言葉は…いくら親友でも怒るよ?アメは俺の大切な妹なんだし』
「お兄ちゃん…」
私もう、さっきの真田の言葉と今のお兄ちゃんの言葉で十分だよ。
例えこの人のせいで真田と結ばれなくても、私は幸せ者です…ホロリ。
『…ユキの妹、だったな。そうだな…それならば安心かもしれない』
「へ?」
『確かに、弦一郎の言うことは一理ある。外見だけで判断してしまって申し訳なかった』
「あ、いや…大丈夫です」
何だ…案外素直な良い人じゃないか。
そうだよね、お兄ちゃんの親友だもん。
悪い人なワケがないよ。
『ところで、どうしてお兄さんが此処に?』
『うむ。先輩として、中学生の後輩に剣道を教えに来た』
「あ、じゃあお兄ちゃんも?」
『そうゆう事。悪かったな、ラブラブなところを邪魔して』
「らっ…」
い…いや、確かに結構ラブシーンだったけど…。
真田とはそうゆう関係では全くなくて…なんて、この場面で言えない、よね…。
『なら真田の弟さん、妹をヨロシク』
『………ハイ』
真田も物凄く複雑だよね…。
どうしよう、この先…。
『じゃあな』
「うん、バイバイ」
と、お兄ちゃんと真田のお兄さんを見送った後、私はこの悩みを解決する方法を思い付いた。
「そうだ、ホントに付き合っちゃえば良いんだね」
笑顔で真田に訴えると、真田は少し照れた表情で頷いた。
それが私達の付き合うきっかけになったとかならないとか…。
真田弦一郎の場合
(年齢詐欺に相応しい兄弟でした)
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