第38話 「もう、やめようか」


<幸村side>


丸井と優衣子について話をした後、バタバタと足音が聞こえたもんで。

何事かと思ってドアを開けてみたら…何やら隣の部屋に人が集中していて。


中を覗き込んだらみんなが倒れていた。



あぁ、この女がやったんだ。

何となく想像出来た。

この女は優衣子だけじゃなく、俺の仲間まで傷付けた。

俺は…仲間を傷付ける奴は、大嫌いなんだ。



『幸村くん…酷い…』

「酷いのはどっち?俺の方が泣きたいくらいだよ」



氷帝陣に抱きかかえられて小南愛理が涙を流す。

さも自分が被害者です、みたいな顔をして。

甚だしく感じる怒りを止める術を、今の俺は知らなかった。



『私は…幸村くんの事が本気で好きなの!』



鳥肌が立つ。

どの面下げて俺にそんな事を言えるのか。

理解に苦しむところだ。



「俺も、本気で君の事が嫌いなんだ」



多分、君が言う"本気"以上の"本気"。

俺の目の前から消えて欲しいくらい、嫌いなんだ。



『そりゃ酷いやろ、幸村』

「…忍足」



だから、酷いのはどっち?

俺達の仲間を傷付けたこの女を嫌いと言って何が酷い?

大体こんな場面を見ても、この女の味方をする君達はおかしい。



『愛理がお前の事好きや言うのも気に入らんけど、お前が愛理の事を嫌いや言うのはもっと気に入らん』

「…何故君にそんな事を言われなければならないの?」



俺は嫌いなものを嫌いだと言っているだけ。

憎い人を憎いと思ってるだけ。

それ以上でも以下でもない。



『好きや言うてんのに、嫌いで返す事ないやろ!』

「嫌いな人に好きなんて言える程、俺は大人じゃないから」

『お前には人間の心って言うもんが無いんか!?』



…人間の心?あるよ、勿論。

少なくとも、この女と君達よりかは。



『よくそんな事が言えるよね、忍足』



そう言ったのは…、俺じゃない。

俺が言うよりか先に口を開いたのは、芥川。

彼の瞳は完全にこの女と氷帝陣に対する怒りを映していた。



『忍足だって、亜美ちゃんに言ったでしょ!?』

『――…!!』



忍足は気付かされたような顔をして、芥川を見る。



『忍足だけじゃない…みんなだって…!』

『………』



芥川がそう言って周りを見渡せば、黙り込む面々。

その表情を見てなんとなくわかった。





彼らの心は揺れかけている。






優衣子が彼らに何か吹き込んだのかな?

それとも小南愛理がボロを出してしまったのか…。

まぁ、どっちにしてもタイミングが良い。

"氷帝陣の目を覚ます"って言う俺達の仕事は、取り敢えず完了かな。







「もう、やめようか」



俺は氷帝陣に向かってそう言葉を投げつけた。

目を丸くさせて驚く彼ら。

本当に、何も分かって無いんだね。



「どっちにしろ、明日で合宿は最後だ」

『ちょっと待てよ。合宿は一ヶ月間だろ?まだ半分も経ってねぇじゃねえか』



跡部はそう言った。

そうか、氷帝陣には一ヶ月って言ったんだっけ?



「俺達は元々2週間のつもりで来たんだけどな」

『はぁ?俺らは一ヶ月って聞いたぜ?』



そりゃそうだよね。

俺が一ヶ月って言ったんだから。



「大体、一ヶ月も学校を休むなんて…学校側が了承してくれると思うかい?」

『俺達は了承貰ったぜ?』

「あれ?おかしいな。君達も2週間になってる筈だけど」

『何言ってんだ、そんな筈…』

「丁度電話もあることだし、聞いてみたら?」



そう言って俺は電話を手渡す。

跡部は躊躇していたが、電話を受け取るとボタンを押し始める。


そして電話が何処かに繋がった。






―もしもし?



周りが静かなので、電話越しの声が聞こえた。

その声は大人の男性でも、女性でもなく。



『…日吉か?』



準レギュラーの日吉だった。



『俺達が帰ってくる日にち、分かるか…?』



跡部は、耳に当てている電話に神経を集中させる。

周りにいるみんなも同じ様子で。



―何言ってるんですか?明日じゃないんですか。



その返事を聞けば、跡部の目線は俺に送られる。

そしてやっと悟ったようだ。

"最初から俺達が優衣子の仲間だった"と言う事を。


そもそも俺達はそれが目的だった。

優衣子が氷帝陣の味方をして欲しいと言うのは、なんとなく予想出来たしね。

本当は合宿の前日となるこの瞬間に、俺達と優衣子の関係バラす筈だった。

だから俺はその証拠として敢えて氷帝のレギュラー陣に"一ヶ月"と伝えた。

榊先生は"優衣子の為"と言うと、何故だか分からないけれども了承してくれた。

だからレギュラー陣には"一ヶ月"、準レギュラーには"2週間"…そう伝えられていた。

でも、まさかあんな事があるなんて…俺も柳も流石に予想出来なかったから、そこら辺は計画失敗。


だけどそれ以外は…全て計画通りだったよ――。





『テメェら…まさかこの女を助ける為だけに、この合宿を…』

「フフッ、今頃気付いたのかい?」

『く…だらねぇ事しやがって…!』

「くだらない事をしてるのは君達だろ?」



跡部は俺を睨む。

俺も勿論、跡部を睨む。








―跡部さん…この女ってまさか…



電話から日吉の声が漏れる。

その声は微妙に震えていて。



―跡部さん、実は今校内で流れている噂があるんです。



その言葉に、優衣子が少し反応した。



『…どんな噂だ?』

―実は姫島優衣子が財



"財閥の娘"そう言おうとしたのだろう。

しかしそれは優衣子によって阻止された。

優衣子は跡部から電話を奪い、その電話を耳に当てる。



『日吉若くん?それを言ったら、どうなるか分かってる?』

―…ッ

『余計な事はしないで。それじゃ』



そう言って優衣子は電話を切った。

まさか、跡部達は優衣子が財閥の娘だと言う事を知らないのか…?




『…おい、お前ら。学校に戻るぜ』



俺達に背を向け出て行こうとする跡部。



「跡部…、合宿終了は明日だけど?」

『知るかよ。そっちだって勝手に変えやがっただろうが』

「…そうか」



ゾロゾロと部屋を出て行く、氷帝一同。

勿論、宍戸も芥川も。



優衣子、俺達の出番は終わった。


ここからが復讐劇の醍醐味だろ?



俺は心の中で"頑張れ"と、そう呟いた。


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