第3話 「…ハッ、馬鹿馬鹿しい」


テニスボールを打つ音が、校舎に響き渡る。

聞いていて気持ち良いくらい綺麗な音を奏でていて。

そんな中私は一人教室から外を眺めていた。


何で私は此処にいるんだろう?

本当なら私もあそこでみんなと笑い合ってる筈なのに…。



「…帰ろ」



誰も居ない教室でそう呟く。

ホントは帰りたくない…。

このまま部室に行って、仕事したい。


ねぇ、誰か。


帰るなって、止めてよ――?












『皆さーん!ドリンク此処に置いておきますね〜♪』




気付けば自然と足がテニスコートに向かっていた。

あーあ、こりゃ相当重傷だよ…。



『あ…』



ヤバイ、栗原さんと目が合ってしまった。

今一番関わりたくない相手。

Uターンして戻ろう、そう思った。



『優衣子先輩、何しに来たんですか?』



しかし話し掛けられた為、私の動きは止まる。

そのまま無視して逃げれば良かったものの…私ってお人好しだ。

なんて自賛しながら、栗原さんの方を向く。



「たまたま通りかかったのよ」



そう言い訳してみる。

言い訳って…なんか、悪い事してるみたいじゃん。

ヤメヤメ、帰ろう。



「じゃあね、部活ガンバって」

『ちょっと…待って下さい』



栗原さんは私の手を掴んだ。

折角私が言いたくもない言葉を残して潔く去ろうとしたのに。



「何か用?」

『私、ちょっと反省してるんです。昨日はやりすぎました、ごめんなさい』



明日は槍でも振ってくるのかと思うくらい珍しい言葉を吐く彼女。

いきなり、何なんだ?



『でも私、レギュラーに嫌われたくない理由があるんです』

「へえ…何かしら?」

『話すと長くなるんで、部室来ませんか?』



…来ませんか、って…。

いかにも自分のテリトリーですって感じで言うんだね。

まぁ良いけどさ。

理由だって気になるし、それに反省…してるみたいだし?

ただその理由ってヤツが"レギュラーを恋人にしたいからですv"なんて言いやがったら背負い投げしちゃいそうだけどね。



『あ、そこ座って下さい』

「………」



ウン、座る…座るけどさ?

この椅子アンタが用意したものじゃないでしょ?

偉そうに言わないでくれる?


何でかなー…彼女の一言一言、いちいち癇に障る。



『私がレギュラーに嫌われたくない理由はですね、』

「うん」

レギュラーを恋人にしたいからですv



――…はい?


今なんか聞き慣れた台詞が聞こえて来たんですが。

確かさっき心の中で私が言った台詞ですよね?

もしかして…人の心が読めるんですか、アンタ。




「…ハッ、馬鹿馬鹿しい」

『先輩酷〜い!今日初めて出した私の本音を馬鹿にしましたね〜?』

「今日初めてって…もしかしてさっき謝ってきたのは嘘?」

『嘘っていうか芝居です☆やりすぎたなんて……思ってませんから



彼女は鋭い目を私に向ける。

さっきまでの表情が嘘みたいに顔が歪んでいる。

どうしてそんなに器用な事が出来るんだろうか。



『私、アンタの事嫌いなの』

「嫌いで結構。好かれても困るわよ」

『その透かした態度が気に入らないの』

「これが私なんだから、仕方ないじゃない」

『そう、それが本性のくせに…レギュラーの人達には媚びを売って、性悪な女』



いや、ちょっと待って。

これが私とは言ったけど、これが本性とは言ってないよ?

媚び売ってるつもりなんてこれっぽっちも無いし。

寧ろ私よりそちらの方が媚びを売ってると思うのですが。



『しかもレギュラー達は見事にアンタに騙されてる』

「…騙した覚えは無いわ。みんな、大切な仲間だもの」



でも、それももう…過去、なのかな…。

信頼関係が成り立たなければ、仲間とは言えない。

私がいくらみんなを信頼してても、みんなが私のことを信じてない以上、どうする事も出来ないでしょ?



『そーゆうの、凄いムカツク。所詮人間は、自分が一番大事な生き物なの。仲間なんて私は信じない』

「……フッ」

『何が可笑しいの?』



言ってたなぁ〜小南愛理も。

ホント、第二の小南愛理だよね。



「そう言って落ちてった人間を、私は知ってるけど?」



まぁ、今は改心してるだろうけどね。

亜美の力で、あの子は立ち直った。

亜美には…そうゆう力があったけど、私には絶対ない。

あの時私は小南愛理を落とす事しか考えて無かった。

救うような事を言った亜美が信じられなかった。

いや、あの時よりも今の方が…信じられないかな…。

だって…私は栗原めぐみを助けようとは思わない。

亜美と同じ立場に立ってても、亜美のような気持ちにはなれないよ…――




『私は落ちない。アンタには負けない…絶対に』

「そ。なら頑張って」

『――ッ…、良い事教えてあげようか?』



栗原さんは少し口元を上げる。

これぞ正しくヒールの笑い方だ。



『一番左のトロフィー、ちょっと欠けてるでしょ?』



そう言われて、トロフィーを見てみると…確かに、上の部分が少し欠けていた。



『アレ、私がやったの。だって私、関係ないし』

「…はぁ?」



怒りが込み上げて来るのが分かった。

きっと今、私は凄い目つきでこの子を睨んでる。



『過去の栄光なんて、イラナイじゃない?』




過去の栄光は…イラナイ…?


ふざけないでよ。

みんながこのトロフィーを手に入れる為に、どれだけ頑張ってきたか。

このちっぽけなトロフィーを手に入れる為に、どんなに辛い練習メニューをこなしてきたか…。

それを一番知ってるのは、私なの。



『こんなの全部、無くなっちゃえば良い』


そう言って彼女はトロフィーに手を触れると、




――ガシャーンッ!!




全てのトロフィーを床に落とした。

その瞬間、私の怒りは最高潮に達した。



最低



私は彼女を睨み付け、首を掴んだ。

このまま息の根…止まっちゃえば良いのに。



『っく…苦し…い』



そりゃそうでしょ。

全力で締めてるんだから。




――バンッ!




『何だ、今の音……って!?



そしてまたまた都合が悪い事に、物音を聞いて駆け付けた部員に変な場面を見られる。

また誤解される、そうは思ったけど…そんなことはもう関係ない。

どうせ味方が居ないなら、私を信じてくれる人が居ないなら、いっそこの女を…。


そう、思った。

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