失った笑顔


"憎しみ"以外の感情が消えた気がした。


笑えない。


そして私の顔から、

笑顔が消えていった…――














(STAGE.11 -失った笑顔-)













『お帰りなさいませ』



校門で待っていた運転手が私を迎えてくれた。

私は無言で車に乗り込み、動き出す風景をジッと眺める。



『どう、でしたか…?』



運転手が控えめに質問する。

私は目線をそのままにして答えた。



最悪



返事が返事だったので、運転手は焦って"そうですか"とハンカチで汗を拭う。


最悪…そんなレベルじゃない。

けれど、この単語よりも上を表す単語が出てこなかった。

アイツらの酷さは…一言じゃ語れない。









『つ、着きました』



暫く無言で居ると、空港に到着したようで。

きっと氷帝から空港に着くまでの時間は、運転手にとって苦痛以外の何物でもなかっただろう。




そして私は自宅のある大阪に戻った――。








『明奈っ、おかえり!』



母が心配そうに私を迎える。



「ただいま」



とだけ返事をして、私は自分の部屋に向かう。

ベッドに倒れ込むと、そのまま寝入ってしまった。



その時の夢に、アイツらが出てきた。


真ん中に優奈が居て、周りには優奈を嘲笑うアイツらの姿。



そんな変な夢が息苦しくて、目を覚ました。

気が付けば俯せになって寝ていて。

息苦しかったのはきっとこのせいだろう。



「はぁ」



溜息を吐いた後、私はシャワーを浴びる為、風呂場に向かった。

キュッと蛇口を捻れば、暖かいお湯が私に降り掛かる。

気持ちが緩んだのか…今日の事を鮮明に思い出して、涙が大量に溢れた。

お湯と涙が混じり合う。


どうして…私の妹がこんな目に遭わなければいけなかったんだろう。


そんな事ばっかり頭で駆け巡ってて、体を洗った事なんて記憶に無い。

ただ覚えているのは…風呂から上がった時に出会った、妹の顔。



「…優奈…」



私を待っていたかのように、妹はそこに立っていた。



『ねぇ…』



優奈はチャームポイントの大きな目から、大粒の涙を流し始めた。



『私…誰なの…?』



そう尋ねてきた優奈に、心を痛めながら…私は答えた。



「優奈…、アンタは優奈だよ」



すると優奈は私の手を掴んで、



『知らない…。私、そんな人…知らないっ…!』



と、泣き崩れるのであった。



目の前で泣き喚く優奈に、掛ける言葉が見つからなかった。

一番不安なのは、優奈自身。

そんな当たり前な事を…忘れていた。



お願い…助けて…ッ!

「優奈、落ち着いて…!」

…ッ、怖い…!みんな怖いの…ッ!

大丈夫、私はアンタの姉だから!




優奈の姉だから。


何があっても、優奈を守るよ…。







私は思いっきり優奈を抱きしめた。


助けてあげたい、痛切にそう思った。



優奈の記憶が無くなったのも、私が気付いてあげられなかったから。


たった一人の"お姉ちゃん"なのに…。



責任はきちんととる。

優奈を苦しめた氷帝テニス部を…必ず懲らしめるから。



だから…こんな私を許して――。







その夜、私は父から貰った資料に隅々まで目を通し、暗記する勢いで頭の中に詰め込んだ。

大体の個人情報や性格は把握出来た。

後は…私次第。










「…あ」

『お。おはようさん』



学校に向かう道で、白石に出会った。

もうちょっと遅く家を出れば良かった、と後悔。



『昨日、どうやったん?』

「…別に…」



昨日の事なんて思い出したくも無い。

思い出すだけで、狂ってしまいそうなくらい腹が立つ。



『アイツらと何かあったんか?』

「腐ってるよ、アイツら…」

『ふーん…。そんな悪い奴らじゃなかったんやけどなぁ…昔は』



白石のその言葉に、私の拳に力が入った。



「アイツらの何処が悪い奴らじゃねぇって言うんだよ…」

『え?』

大勢で優奈を責めて…挙げ句の果てにはクズ以下だって罵ってるあの男達の何処が!悪い奴らじゃねぇって言えるんだよ!!



今までに感じたことの無いくらい、憎しみを感じてた。

こんなに本気で誰かを恨んだのは初めてで。

抑えようの無いこの気持ちを…どうする事も出来なかった。



『ま、まぁまぁ…昔の話やから』

「ケッ、どーだか。急に極悪人にはなれねぇよ。きっとアイツらは昔からあんな腐った人間だったんだよ」

『そんな怒らんでも…。今から学校やねんから、スマイルで行かなみんなビビるで?』



白石は溜息を吐く。

私は何故か昨日の事ばかりを思い出して、涙を抑える事が出来なかった。







「…笑えねぇよ…」





ボロボロと流れ出ては頬を通過して落ちる涙。

それの繰り返しだった。




『ちょ、どうしたんや…!?』

「優奈が笑ってねぇのに…私だけ笑えねぇんだよ…ッ!」




自分の存在が分からずに苦しんでいた優奈。


それを嘲笑う氷帝軍団。


どちらも私の涙の原因だった。


大好きだから、大嫌いだから、その気持ちが大きすぎて…私には重い…。


悔しい、悲しい、苦しい…。


だれか…助けて…。





意味もなく、私は心の中で助けを求め続けた。

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