謝罪


謙也からお説教(ほぼ雑談)を食らった後、私はトイレに向かおうとしていた。

その時、後ろから足音がした。



「………」



ゆっくり振り返ろうとした時、急に肩を掴まれた。















(STAGE.40 -謝罪-)















「何だよ…あの女の仕返しにでも来たのか?」



顔を見た瞬間そんな言葉が出たのは、この男があの女の彼氏だからだろう。



『なわけねぇだろ』



跡部景吾…今更私に何の用があるって言うんだよ?

仕返しじゃないとしたら、また嫌味でも言いに来たのかね。



「私に何を言っても、あんま意味ないぜ?ってか、私はアンタの顔も見たくないんだけど」



肩を掴む手を払って跡部を睨むと、再びトイレに向かった。

どうせまた"翔子に手出すな"とかくだらないこと言いに来たんだろ?

あーやだやだ、どいつもこいつも翔子ちゃん翔子ちゃん、いい加減耳にタコが出来る。



『明奈』



ハイハイまた明奈ちゃ………アァ!?


今明奈とか呼ばなかったか!?

呼ぶ名前間違えてんだろ…!

翔子ちゃんが飽きたから次は明奈ちゃんってか!

それは良いけど



「テメェ呼び捨てにすんじゃ」

悪かった

「なっ……」



やべぇ、二重トラップ…!

何なんだよ、コイツ今日おかしいんじゃねぇの!?



「何、謝ってんだよ」



チクショー、調子狂うじゃねぇか。



『北川優奈のこと、お前に手を出そうとしたこと…全て』

「ば…馬鹿言ってんじゃねぇ。許せるわけねぇだろ!?」



城崎翔子の魔法が…解けた、のか?


けど…謝って済む問題じゃねぇよ。

あの子は今も苦しみ続けてるし、コイツらから受けた数々の裏切り行為を…忘れることは出来ねぇんだ。



「それに、私の知ってる優奈も、アンタ達が知ってる優奈も…もう存在しない。今更謝ったって遅いんだよ」



そんな台詞は…記憶を無くす前の優奈に言って欲しかったぜ。

謝れば良いってモンじゃねぇけど、今より最悪な状況になってなかったことには間違いない。

もう立て直しは利かねぇんだ。



『北川優奈は…生きているのか?』

「生きてはいる。けど、私のこともお前らのことも…全部忘れてるよ」



何でこんなことをコイツに説明してるんだ、私は。

優奈を罵ったコイツらに教える権利はねぇのに。



『記憶喪失、ってことか…?』

「…そうゆうことだ」



そんな権利ねぇ…けど、この男の目があまりにも真剣過ぎて答えを拒めない。



『俺達の…せいか』

「それ以外に理由は考えられねぇな」



お母さんからは事故にあったって聞かされたけどな。

そんなことを言う必要はない、コイツらには少々辛口くらいが丁度良い。



『優奈の記憶が戻ったら伝えてくれ。もうこんな間違いは二度と起こさない、と』

「自分で伝えれば良いじゃねぇか」

『俺に…アイツに会う権利なんかねぇ』

「…そうだな。もしあの子の記憶が戻ったら、な。その時は伝えておく」



果たしてそんな奇跡が起こるんだろうか。



『それと…』

「ん?」

『やはりお前のことが思い出せない』







その言葉にズキッ、と。

心が痛んだ気がしたのは…何故?



「…そっか」

『俺とお前は一体何処で』

もう良いよ、別に。そんな…大した仲じゃなかったし」



お前にとって、な。

忘れてしまうくらい、私はちっぽけな存在だったんだろ?

本当はこんなところで、再会するべきじゃ無かったんだ。



「私、トイレ行くから。付いてくるなよ、変態」

『おい、明奈』



跡部に背を向けて、早足でトイレに向かった。


あぁ、痒い…。

跡部の言葉で傷付くなんて…そんな乙女チックな私は痒すぎる…!

と思う一方で、



「はぁぁぁあああ〜…」



私しか居ないこの便所いっぱいに溜め息が響いていた。

泣くほどショックでは無いにしても、結構ズーンとのし掛かる重い気持ち。

あーもう、鬱陶しい。



『あのさ、』

うおっ…!



トイレから出てくる私に不意打ちかよ。

誰だ、そんな勇気のある奴は。



「あ、お前…青学のおチビちゃ」

越前ッス



分かってるよ、ジョークだってジョーク。

そんなにスネんなよ。



『俺、アンタの正体分かった』

「アァ?私の正体?」

『コレでしょ』



越前は雑誌のページを開いて、それを私に見せた。



「う…うぁぁぁああああ!!おまっ、そんな恥ずかしい物を何処で…!?」



勢い良く奪い取ろうとしたが、ヒラリとかわされた。



『合宿に行ってる間ヒマだから親父の部屋から何冊か持ってきたんだけど…その中に見知った顔があってさ』



ニヤリ、と越前は笑う。


くっそ、コノヤロー…!

そんなに私の過去をほじくって楽しいのかよ…!



「何が見知った顔だよ、その幼い顔の何を見知ってんだよお前は…!」



越前が持っていた雑誌は何年か前の"月刊プロテニス"。

そして、そこには"イギリスで大活躍!期待のちびっ子"と言う見出しで、12歳の私が載っていた。



『あぁ…そう言えばちょっと若いよね』

「そう言えばじゃねーよ!絶対分かって言ってんだろ!」



く、屈辱だ…。

マジでコイツぶん殴ってやりてぇ…!



『まぁ、それだけだから。じゃ』

「あ、ちょっ…!」



そう言って越前は走り去って行った。

どうやらランニングの途中だったらしい。

お前なんて走りすぎて足ガクガクになれば良いのに。

何だか一生このネタで弄られそうな気がしてならない私だった。


- 40 -

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