悲しい記憶
「お前の笑顔を見るのは久しぶりだな」
『あっ…そ、そうかな…』
優奈は少し、頬を赤めた。
そんな優奈を見て、柄にもなく穏やかに微笑んでしまった。
(STAGE.47 -悲しい記憶-)
『明奈!』
そんな時、病室の中から明奈を呼ぶ声が重なって聞こえてきた。
俺達は互いに顔を見合わせて、病室のドアを開けた。
「どうした?」
野郎の中を掻き分けて、明奈に近付く。
『お姉ちゃん…!』
明奈の灰色の目が、天井を向いていた。
どうやら最悪の事態は免れたと言うわけだ。
全く…コイツの快復力には驚かされるぜ。
『跡部さん!俺、先生よんできます!』
「あぁ、頼んだ」
桃城が病室を飛び出す。
あんなに明奈の事を嫌っていた筈なのにな…。
コイツには何故か、人を惹き付ける魅力があるに違いない。
『痛っ……』
明奈は起き上がろうとして、頭を押さえた。
無茶をするところは相変わらずだな。
「あまり頭を動かすなよ」
明奈はまだままならない意識で、辺りを見渡している。
心なしか、目の焦点が合っていない。
「明奈…」
太陽の光が、明奈の綺麗な赤髪を照らす。
この状況で不謹慎だが、コイツの美貌は人並み外れていると再確認。
まぁ、仮にも優奈の姉だからだろうがな。
『ここは…』
状況が把握出来ていないのだろう。
明奈はそっと呟いた。
『病院だよ、お姉ちゃん!』
優奈がそう告げると、明奈はこう言った。
「…誰、だ…?」
この言葉には誰もが耳を疑った。
あんなに大切にしていた妹、
自分の命を犠牲にしてまで助けた妹。
明奈にとっては、誰よりも忘れられない存在だった筈、だろ…?
『お姉、ちゃん…?私…優奈だよ?
お姉ちゃんの妹の!』
優奈は明奈の肩を持って激しく揺らす。
「
やめろ、優奈!」
優奈を明奈から離すと、優奈は目に涙を溜めて、病室を出て行った。
相当ショックだったんだろう。
俺達も、何だか良い気分では無い。
『…恐らく、後遺症が残ったのでしょう…』
医師はそう判断した。
あれだけ深い傷ならば仕方がない、と。
余りにも悲しい結末。
だが、納得せざるを得ない状況だった。
『俺は?』
『…ブン太』
奇跡的に、優奈以外のことは覚えていた。
合宿に来てからのことも、多少覚えていたみたいだ。
「……明奈」
優奈以外…いや、俺のことも覚えていなかった。
優奈のことを覚えていない理由は何となくだが、分かる。
きっと、明奈が…大切な妹の事を、強く、強く想っていたからだろう。
それならば、アイツは何故…俺の事を…――?
「よぉ」
『…ッス』
ロビーで越前に出会った。
相変わらずこんな状況でも、コイツは生意気だ。
「何を読んでるんだ?」
『雑誌』
テニスの雑誌…?
そこには、何年か前に引退した選手までもが写っていた。
「アァン?一体いつの雑誌だ?」
『あの人の』
「あの人…?」
越前に出されたページをよく見てみる。
そこには大きく“イギリスで大活躍!期待のちびっ子!”という見出しと共に、少女が写っていた。
キラキラした少女の瞳の色は…灰色。
「これは…」
迷うまでもなく、昔の明奈の写真…。
アイツをそのまま子供にしたような、そんな写真だった。
イギリス?期待の…ちびっ子…?
「うっ…」
頭が、痛い…。
――Will you play a game with me sometime?
「ぐっ…」
痛みで…いや、違う。
よく分からない。
しかし、俺の目からは…止まることなく涙が零れ落ちる。
胸が張り裂けそうだ。
「くそっ…」
思い出す事を、拒んだ。
こんな思い出が蘇ったところで、アイツの記憶は戻らない。
愛しい気持ちは、イギリスに置いてきた。
もう、アイツは俺の存在すら思い出すことが出来ないと言うのに…。
何故だ?
何故、今更明奈への想いが…――。
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