憎しみにサヨナラ


[翔子side]




『私は…あの人に逆らえない……』




そう、ハルちゃんは両親に逆らうことは出来なかった。


特に…母親には…。
















(STAGE.60 -憎しみにサヨナラ-)















「ここ…」




よく、遊びに来たような記憶がある。

ハルちゃんの両親に会うことはなかったけど。

どんな両親かは、ハルちゃんから聞いていた。




『翔子、私も行くよ』

「優奈」

『ホラ、ジロー先輩も!何かあった時に守るのは男の人の役目なんだから!』

『え〜…俺そんなに強くないよ〜』

「二人とも…ありがとう…」




時刻は九時を少し過ぎたところだった。

ガラス越しに見える明かり。


この中に…居る。


高鳴る心臓を抑えることが出来ず、少し震えた。




『翔子ちゃん…がんばれ』




ジロー先輩が、震えていた私の手を握った。

凄く心強かったけど…ジロー先輩…それ、逆効果。

私の鼓動が余計に速くなった。




『…そうだよ、翔子。これで、終わりなんだから』




優奈は微笑んだ。


そう…此処で、終わるんだ。

私の長い苦しみから…憎しみから…ようやく、解放される。




…よし!




インターホンを鳴らした。

近付いてくる足音。

逃げたかったけど、いつもの私なら逃げてたけど…

今は、私の後ろに支えてくれる二人がいる。

立ち向かう勇気を、二人がくれた。




『はい』




そして、扉が開く…。




「夜分にすみません。城崎翔子です」

『城崎、翔子…?』

「お話ししたい事があって来ました」

『…いいわ。上がって』




ハルちゃんの母親に案内されて、私達は家の中に入ることに成功した。

知りたい、真実を…。

あの日ハルちゃんが抱えていた全てを…。




『思い出したわ。貴方…遥香の…』

「そうです。私とハルちゃんは…親友でした」




初めてハルちゃんの親に挨拶するのが、こんな形になるなんて。

なんて皮肉なことだろう。




『遥香からよく聞いていたわ』

「…あの、ハルちゃんは…私のことを、なんて…?」




聞くのが怖かったけど、そこから何かが分かるかもしれないと思った。

例えそれが、私の求めている答えと違っても。




『…レギュラーに、なったそうね』




私は「はい」と答えた。

今はもう、テニスは出来ないけど。




『嬉しそうに…言っていたわ…』

…!!




やっぱり、私の中のハルちゃんは…そのままだった。

私に向けていた笑顔と同じ笑顔を、お母さんにも向けていたんだ…。




『どうして…笑っていられるのか、今となっても理解出来ないわ』

「…え…」

『他人にレギュラーの座を取られて、何故あんなにも意気揚々と笑っていられたのかが分からない。だからいつまで経っても、出来損ないだったのよ!』




ハルちゃんの母親は、段々興奮したように声を荒げた。

明らかに感じる、ハルちゃんへの憎しみ。




「どうしてそんなこと言うんですか…!?ハルちゃんは努力していました。きっと私以上に…。貴方にハルちゃんの何が分かるんですか!」

だから何なの!?結果が出なければ、努力なんて時間の無駄なのよ!!




少し感情的になった私以上に感情的な言葉が返ってきて、私は思わず黙り込んだ。

きっと、ハルちゃんは逃げ場が無かったんだと…今なら分かる。




「だからハルちゃんに、色々と命令したんですか…?」

『そうよ。最初は嫌だと言っていたわ。大切な友達だから…と』

「ハルちゃん…」

『でもね、最後はあの子も自分から進んでやっていたと思うわ。どんどん…貴方が憎くなっていったのよ』

「…そんなこと、ない…。ハルちゃんは…」

『貴方こそ、遥香の何が分かると言うの?』




ハルちゃんという人物の全部を知ることは、出来ないのかもしれない。

でも、ずっと一緒だった…心の裏まで語り合った親友だからこそ分かる。

きっとハルちゃんは母親に対する疑問を感じながら、それでも疑いが確信に変わることは無かったんだと思う。

だって…母親だから。


大好きな、お母さんだから…。




「…最低。ハルちゃんを…返してよ…」

『何ですって?』

アナタを信じて命を落としたハルちゃんを…返してよ!!




胸が、痛い。


ハルちゃんを助けてあげられなかった悔しさと、あの時のハルちゃんの心情を思うと…

凄く、苦しかった。




『…二人だけで話したいわ。お二人は席を外してくれるかしら?』

『でも』

分かりました!それでは少しだけ、失礼します』




ジロー先輩は迷っていたけど、優奈に引っ張られて出て行った。

出て行く時にチラッと見えた二人の顔は…凄く険しかった。

きっと憤りを、感じているんだろう…。




『それで、貴方はどこまで気付いているのかしら?』

「…あの日、ハルちゃんは部室に火を付けました。アナタの指示で私を殺そうとしたんです。でも私は死ななかった。そして、その夜に…アナタはハルちゃんを殺したんですね」




ただの推測でしか無かった。

もしかすると、私の理想のハルちゃんで居て欲しいだけの都合良い推測なのかもしれない。

でも、これが一番…真実に近い気がしたの…。





『へぇ…惜しいわ』

「惜しい…?」

『良いわ、全部教えてあげる』






ついに真実が明かされる。

私は思わず、固唾を呑んだ。



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