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夢を見た。
それはもうとても幸せで、できれば現実であってほしいと思うほどに。
「………………。」
神楽はゆっくりと目を開ける。
そこには目を閉じる前の光景が広がっており、気分は最悪だった。
ああこれが現実だ、と。
「かむい…?」
神楽はキョロキョロと辺りを見渡す。
景色は変わらないが、隣で寝ていたはずの人物が見当たらない。
神威がいない、それだけで急に不安になる。
探しに行こうかと考えた神楽だが、遠くからシャワーの音が聞こえたのでホッと心を撫で下ろした。
(バカアルな…)
寝るまで起きてるなんて言っておいて。
私が寝たらさっさとどこかに行っちゃうアルか。
さっきはそんなこと…。
「ぁ……。」
そこで神楽の思考はピタリと止まる。
さっき、というのは夢の中の話。
現実と夢の違いを思い知らされた神楽は、頭まで布団を被って横になった。
「ふぅ………。」
それはそれは幸せだった御伽噺。
その世界では神楽と神威は赤の他人だった。
兄妹でもなく幼なじみでもなく、同じ場所で勉強をする先輩後輩の関係。
しかも神楽が先輩、神威が後輩なのだ。
だがそこでは何の進展もなく、接触できたのは神楽がアルバイトをしていた時。
働いていた店の常連が神威だった。
そこからポツリポツリと話し始め、次第に惹かれ合った。
そしてプロポーズは神威から。
何と言われたのかは思い出せないが、神楽は涙を浮かべながら頷いた。
(アホらし…)
こんな長編の夢を鮮明に覚えていたのは初めて。
昼間見ていた恋愛ドラマに影響されたのかと、神楽はため息を吐いた。
「……………。」
幸せだった。
プロポーズされて、結婚して、子供を産んで、愛を育みながら笑顔で暮らしていた。
これが現実であってほしい、そう願っても現実は変わらない。
「悔しい…。」
悔しい。
悔しい。
悔しい。
神楽は小さな声で呟く。
何だか夢の中の自分に負けたような気がして。
まるで今が不幸みたいだ。
(あ……)
ペタペタと歩く音が聞こえる。
これはまさか、そう思っていると、不意に襖が開けられた。
「……………。」
「……………。」
ふわりと香る石鹸のにおい。
神楽は確認しようと、薄く目を開ける。
するとそこには、夢の中で愛し合っていた相手と同じ顔の人物がいた。
上半身裸で、濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いている。
だがこれだけでは夢なのか現実なのかわからない。
そう思っていると、視線がこちらに向けられたので神楽はキュッと目を閉じた。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「…起きてる、よね。」
「……………。」
「神楽ー。」
「……………。」
そう言われても、神楽は寝たふりを続けた。
すると神威は神楽の頭を撫でたり、指で髪を梳いたりする。
その手つきが優しくて心地よい。
「っ…………。」
鼻の奥がツンとしてきた。
ヤバい、泣くかもしれない。
「神楽?」
「……神威。」
神楽は目の前の人物の名前を呼ぶと、そのまま首に腕をまわした。
そこでようやく目を開ける。
すると、堪えていた涙が一気に溢れ出た。
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