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ガラガラと戸が開く音がした。
それに目を向けることなく、神楽は窓辺で寝たフリをする。
すると不意に肩に何かを掛けられた感覚があった。




「……遅いアル。」

「下校時間過ぎてるのに教室にいる生徒に言われたくないな。」

ははっと笑うこの感じ。
間違いない。
神楽は掛けられた上着をぎゅっと握り、そして後ろを振り返った。
同時に相手の胸へと抱きつく。




「………………。」

「どうしたの。」

「良いから…このまま。」

「ん?」

「このまま…。」

「………………。」

「神威先生…。」

相手の心音が聞こえるほど密着する。
すると相手の大きな手が、背中を優しく撫でてきた。
それがたまらなく気持ちいい。




「こんなの目撃されたらシメられんの俺なんだけど。」

そうは言っても無理に体を離そうとはしない。
その優しさが嬉しくて、心の底から愛しさがこみ上げてくる。
神楽は空いてる大きな手を取り、指を絡ませるように握った。

教師であり兄でもある神威にこんな感情を抱くようになったのはいつ頃だったか。
だいぶ前すぎて記憶にない。
家でのんびり過ごしている兄も、学校では眼鏡をかけて働く教師も、どちらも好きだった。
常に傍にいる存在に不思議と惹かれ、いつの間にか家族とは違う想いを募らせるようになった。
勿論、周りには何も伝えていないし誰も知らない。
だからこそ、窮屈ではある。




(兄ちゃんだし…先生だし)

外で手を繋げない。
一緒に帰れない。
寄り道なんて以ての外。
休日、神威は遊びに出掛けてしまう。

毎日会っているのに、いつも近くにいるのに、学生らしい恋愛が全くできない。




「どうしたの。」

「………………。」

「こんなに寂しがるなんて、何かあった?」

「………………。」

「生徒の心のケアも教師の役目だからね。
何でも相談に乗るよ。」

その言葉に、神楽はピクリと反応する。
ああやっぱり、と。




(恋人として見てもらえないアル…)

兄という壁。
家族という壁。
そして教師という壁。

それらが分厚く積み重なり、恋人として見てもらえるようになるまでどれだけ乗り越えなければならないのか。
神威の受け入れたのは今のところ兄妹という範囲だけ。
今だって、“妹”の戯れとしか見ていない。
それがたまらなく苦しかった。




「何がそんなに悲しいの。」

「っ……。」

「それとも苦しめてるのは…俺?」

神楽の肩がピクリと反応する。
そして喉まできた言葉を押し殺すように、繋いだ手の力を強める。




「先生…。」

「ん?」

「センセイ……。」

「……………。」

「神威…センセイ……。」

「神楽。」

背中を撫でていた神威の手が、今度は神楽の頭を撫でる。
そしてそのまま神楽の頬に触れ、顔を上げさせた。
同じ青色の瞳が、眼鏡を挟んでぶつかり合う。




「辛いなら、無理して呼ばなくて良いよ。」

だから早く帰りな。
そう告げると、神威は頬に手を添えたまま、親指で唇をなぞる。
それだけなのに体が疼くような感覚がした。

そしていつものように笑っている神威も、困ったような、不満そうな、何かを我慢しているような顔をしていた。




「なら…待ってるアル。」

「……………。」

「兄ちゃんと一緒に、帰りたいネ。」

「……………。」

「寄り道して、それから、」

「神楽。」




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