1/2





『春の祭に行こうよ』

という置き手紙を万事屋の玄関の前に置いてみた。
その後、運良く妹が出てきて無事に伝わったらしい。
驚いてキョロキョロしたと思えば不機嫌そうに頬を膨らませる、つまり差出人も誰なのか理解したようだ。
っていうのを屋根の上から確認したのが3日前。




(誘っておいてなんだけど、)

妹が来てくれるかはわからない。
約束は守る子だけど、今回は一方的に誘っただけ。
不機嫌なら来ないし、来ても1発殴られる可能性がある。
まぁ痛くないけどね。




「お、やってるやってる。」

いつものニッコリ顔で夜の道を歩いていると、ぼんやりと明るい屋台が見え始めた。

事の始まりは春の花見祭という広告を見た時。
開催は夜だし屋台飯は好きだし何かと興味が沸いてきたから行ってみようと思ったのだ。
そのついでに神楽も誘ってみた。




(さーて神楽は…)

辺りを見回してみるが、人が多く動いてるため見つけることが難しかった。
夜だから傘は差してない。
屋台のにおいでわからない。
そもそも約束の時間と場所を指定していなかった。




(これはやられた)

置き手紙に書いておけばよかった。
初歩的なミスに、神威はどうしようと悩む。
そして背後から迫り来る何かの気配に、静かにするりとかわして相手の腕を取った。




「カツアゲなら相手を…って、」

「っ…何するアルか馬鹿兄貴ッッ!!!」

「あ、ごめんごめん。」

容赦なく掴んだ手を離せば、頬を膨らませた妹がそこにいた。
カツアゲの輩かと思って背負い投げでもしようかと思った神威も神威だが、背後から話しかけようとする妹も妹だ。
自分のことを棚に上げながら、妹に会えて良かったと安心する。




「まさか会えるとはねー。」

「何のために呼んだアルか。
しかも時間も場所も指定しないで、ただの迷惑アル。」

「それは今反省したとこ。
でもこんなに綺麗な格好をしてくるとは思ってなかったなぁ。」

「一瞬目を合わせたのに気付かないなんて乙女心をわかってないネ。」

「あれ、いつから乙女になったの?」

そう返せば連続の脚蹴り。
春らしい色合いの着物、ポニーテールと軽くカールをさせた髪型。
少しだけ化粧もしたらしい。
ふわりと香る女の甘いにおいに、神威は成程と納得する。




(いつもの癖が出たね)

神楽は楽しいイベントの前日がピークなタイプだから。
下準備に8割の力を注いで、本番になると前日の疲れでテンションが2割になってしまう。

今も、どこか眠そうにしている。
前日はよく眠れないのもそのためである。
ということは、この祭は神楽にとって楽しみなことだったらしい。
神威は神楽の体を正面から抱き締めた。




「いきなり何ヨ…。」

「別に。
神楽が可愛いから閉じ込めただけ。」

これは本当。
だって俺のためにしてくれなのなら、こんな嬉しいことはない。
ということで、俺も神楽とお揃いのポニーテールに結び直す。




「どう?」

「まぁ…軽いイメチェンにはなったネ。」

「じゃあ神楽とお揃いになったことだし、出発。」

踏み出した足は、下駄の神楽に合わせて歩幅を短く。
さり気なく妹の手を取って、ゆっくりと歩き始めた。




「賑わってるね。」

「そうアルな。」

「なんか夏と違って春祭りだから?
見慣れないものが多いね。」

「和菓子がいっぱいアル。
あ、でも焼きそばとかたこ焼きもあっちに!」

「もー食うことにしか頭にないんだから。」

「兄ちゃんもさっきから屋台にしか目がいってないネ。」

「ははっバレた?」

さすがは妹。
夏祭といえば西瓜に胡瓜に林檎飴に、水気の多いものが定番なのだが。
今回の春祭は和菓子に甘酒に、と花見をしながらゆっくりまったり食べるものが多い。
いわゆる大人の嗜みというやつか。

そんなことを考えていたら妹がふてくされる1歩手前まできていた。
理由はわかる。
俺が神楽を見てないから。




「あ、」

ふと横にあったのは髪留めを売る屋台。
神威は髪留めと神楽を交互に見ては、コレだと決める。
そして勘定をして神楽の結び目に差し込んだ。
赤と青のうさぎ模様の簪。




「どう?」

「鏡がないから見えないヨ。」

「じゃあ代わりに言うよ。
すっごく可愛い似合ってる。」

「っ〜〜〜!!」

そう言って頭を撫でると照れくさそうにそっぽを向く。
そして神威と同じように売場をぐるりと見渡して、ある髪留めを掴んだ。

意図を理解した神威は少し屈んで、神楽の手を待つ。




「…兄ちゃんも、まとめた方が良いアル。」

長いポニーテールをぐるりとおだんごにして留められた。
だが鏡がないので見えない。
神楽に似合うかと聞くと、渋々とした声で似合っていると返される。

それを見ていた店主が、仲がいいんだねと言ってきた。
「でしょ?この子が何をしても可愛いんだ」なんて返せば再び連続の脚蹴り。
そして居たたまれなくなったのか、腕を引っ張ってきたので人の波に乗った。




(これだから、)

妹をからかうのはやめられない。
本当に可愛いから。




[*前へ] [次へ#]



戻る

←top